著名な経済学者から学んだこと

世界システムが崩壊している、経済不況が深刻である、格差が拡大、世界でテロが増大しつつある
と思っている。 その原点で著名な経済、社会学者はどう対応しているのか。 それを学ぶため読んだ書、先ず順不同に列記する。

1)クオリティ国家という戦略 大前研一2013 小学館

2)資本主義以後の世界ー日本は「文明の転機」を主導できるか 中谷巌(2012、徳間書店)

3)フリーフォールーグローバル経済はどこまで落ちるのか ジョゼフ・E・スティグリッツ2010(日本訳 楡井他2010徳間書店)

結論から述べる、どれも資本主義否定だった。人の信頼感、絆が重要、というものだった。
その詳細はそれぞれの本をご覧頂くしかないが、それぞれの「最初と最後の章」のタイトルを、この順で記する、

1)序章 「中途半端な国」になってしまった日本
  第6章 (進むべき道) 日本新生への新たなビジョン、「クオリティ国家」戦略

2)第1章 資本主義はやはり「自壊した」のか
  第8章 日本は「文明の転換」を主導できるか


3)序 大不況の震源となったアメリカ型資本主義
  第10章 新しい社会に向かって


となっている。
ここで感想だが、資源の有限性に触れているスティグリッツは、GDPという経済的な「物差し」の問題、矛盾をかなり突っ込んで論じている。しかし、総じて「地球は有限、資源は質が全て」、エネルギー収支比:EPRの視点を欠いている、残念なことであった。 
私の主張は 「社会イノベーション」としての「日本のプランB」である。
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# by tikyuu_2006 | 2013-02-13 13:10 | これからの日本

虚構の環:第1部・再処理撤退阻む壁/6

虚構の環:第1部・再処理撤退阻む壁/6 上層部「維持」で意思統一
毎日新聞 2013年02月08日 東京朝刊

経産省「撤退派」を次々更迭
 04年6月、原子力政策決定の鍵を握る経済産業省資源エネルギー庁の電力・ガス事業部長と原子力政策課長が交代した。新任の安達健祐(けんゆう)部長(現経産事務次官)と柳瀬唯夫課長(現首相秘書官)らはすぐに青森県に飛んだ。柳瀬課長が回想する。

 「三村申吾(しんご)知事、古川健治六ケ所村長と会った。2人とも『あなたたち(国)、何をやっているんですか。東京の人が無責任に振り回さないでほしい』と言った。怒っているというより困っている感じだった」
 六ケ所村は全国の原発から使用済み核燃料を受け入れている。なぜか。それは、再処理工場でウランとプルトニウムを取り出して再利用する核燃サイクル事業のためだ。ところが当時、さまざまなマスコミが「国が核燃サイクル見直しへ」と報じ、地元は不信感を募らせていた。柳瀬氏は「会談後、撤退するにせよ、維持するにせよ、はっきり決めなければならないと感じた」という。

 同月、電力側に再処理からの撤退を持ちかけていた村田成二・経産事務次官が退任。すると翌月以降、水面下で動いていた経産省職員数人が次々異動した。エネ庁職員が解説する。「当時、新体制になり上層部は『サイクル維持』で意思統一した。そして撤退派を更迭した」。粛清の嵐が吹いた。
 同11月、内閣府原子力委員会の「策定会議」が核燃サイクル維持を基本方針とする中間報告をまとめた。翌月には再処理工場で、初めて放射性物質(ウラン)を使った試験が始まる。「ついに施設が汚れた。廃炉費用が約1・2兆円増え、撤退はさらに難しくなった」。更迭された職員は無力感に包まれた。
     ◇
 「再処理事業の確実な実施が著しく困難となった場合、(工場を経営する)日本原燃は使用済み核燃料の施設外への搬出を含め、速やかに必要かつ適切な措置を講ずる」。98年、日本原燃、青森県、六ケ所村が締結した覚書だ。国も電力もこの文書に基づき「再処理から撤退→工場に貯蔵中の使用済み核燃料が各原発に送り返される→収容しきれなくなり全原発が即時停止」というシナリオを最も恐れる。
 現職のエネ庁課長級職員が取材に答えた。「核燃サイクルは恐らく完成しない。早く撤退した方がいいと思う。でも実際の政策となると無理」。電力会社首脳も「『サイクルをやるべきだ』とは思わない。しかし仕方がない」と言う。
 04年、核燃サイクルの問題点と撤退に向けた方策をまとめた経産省職員のメモが残っている。「国民的コストが大で安全性に関する懸念が強い。反原発派のみならず原子力推進論者の中にも批判がある」としたうえで「民間任せの使用済み核燃料の取り扱いについて国の責任を明確にし、立地自治体に対し血みどろになって説明、撤退への了解を獲得する」と書かれている。


 問題点は今も重なる。だが今、撤退に向け奔走する人物はいない。=おわり(肩書は当時)
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# by tikyuu_2006 | 2013-02-08 08:36 | エネルギー、環境

虚構の環(サイクル) 第1部-5

虚構の環:第1部・再処理撤退阻む壁/5 「撤退」唱える共同研究
毎日新聞 2013年02月07日 東京朝刊

電力業界異論で連載中止

 使用済み核燃料を再処理し、ウランとプルトニウムを取り出して再利用する核燃サイクルを維持するのか、見直すべきか。03〜04年、研究者の世界でもせめぎ合いがあった。
 「どうする日本の原子力」と題した連載が03年8月、業界誌「原子力eye」9月号に載った。書いたのは山地憲治東大教授(現名誉教授)や電力各社の寄付で作る「電力中央研究所」に所属する鈴木達治郎上席研究員ら「原子力未来研究会」のメンバー。記事は「巨額のコスト」を理由に「青森県六ケ所村の再処理工場は経営的に破綻している。核燃サイクル確立という国策の堅持は閉塞(へいそく)感を強め、原子力の未来を危機に陥れる。国策を変えるべきだ」と主張していた。
 10月号では「出口なき前進ではなく撤退を」と訴える予定で、既に原稿もできあがっていた。ところが8月15日、山地教授は出版元の編集主幹から「どうにもなりません」と連載中止の連絡を受けた。編集主幹の上司が取材に答えた。「電力業界から『(購読や広告出稿によって)この雑誌に金を出しているのに何だ。この記事はおかしいじゃないか』と批判が出た。頭にきたが仕方がなかった」
 同じころ、経済産業省OBの一人はある電力会社の首脳が「あいつら(山地、鈴木両氏)はもう原子力の、電力の世界から全部消す」と話しているのを聞いた。OBは「研究をやめさせるから『消す』のはやめてくれ、と裏で走り回った」と言う。
     ◇
 しかし、水面下で研究は続いた。山地、鈴木の両氏に、佐藤太英(もとひで)電中研理事長、電力各社の役員が理事に名前を連ねるシンクタンク「日本エネルギー経済研究所」の内藤正久理事長(現顧問)、田中知(さとる)(前日本原子力学会会長)、八田達夫(現学習院大特別客員教授)の両東大教授らが加わり、03年12月に極秘の研究会が発足した。04年1月に合宿をした後に各自研究を進め、同5月には報告書をまとめた。
 「核燃サイクルを維持すると、コスト高で電気料金が上がり産業界が反発」「再処理工場を一定期間動かした後にストップすると(六ケ所村など)自治体が反発」「工場を稼働させず直接処分を可能にすると、青森県が使用済み核燃料の受け入れを拒否し、電力が原発から撤退する」など、大別して3パターンの予想をした。どの政策にも一長一短があるという当たり前とも言える分析だった。
 ところが報告書の内容を知った東京電力幹部は「『六ケ所をやめる』というパターンが含まれているのはまずい」と公表しないよう求めた。経緯を知る関係者は「電中研もエネ研も電力の金なしでは成り立たない。だからあきらめた」と語る。研究会は解散し、報告書は闇に葬られた。
 佐藤、内藤の両理事長と山地教授は取材に対し圧力を否定。田中、八田の両教授は「経緯は知らない」と答えた。現在、原子力委員長代理を務める鈴木氏は「コメントする立場にない」と話した。=つづく(肩書は当時)
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# by tikyuu_2006 | 2013-02-07 11:37 | エネルギー、環境

IEAの石油供給楽観論と、EPRで見た世界のNet energy

エネルギー国際機関、IEAは楽観論で知られていますが、それに関する警告、そして世界のエネルギー供給可能性をEPRで整理した正味エネルギー、Net energy分析です。
The IEA forecast for the future of petroleum are not only too optimistic, but also wrong because they are based on summing volumes of fuels which have different output and energy costs of extraction.
Here you find the correct analysis, much less reassuring
http://cassandralegacy.blogspot.co.uk/2013/01/what-future-for-petroleum.html
http://www.resilience.org/stories/2013-01-03/what-future-for-petroleum
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そして、より現実的な分析
A more realistic future scenario is the following: Marco Pagani 2013
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# by tikyuu_2006 | 2013-01-05 23:32 | 石油ピークとは

「地産地消は古くて新しい経済の大原則」

滋賀県、新江州(株)取締役会長、滋賀経済同友会特別幹事、森健司さん、MOH通信37号・巻頭言
 
 「私はグローバル化に反対論である。 常に世界中でもっとも廉価な商品を求めて、それを国内産と競争させ輸入することが、わが国にとって(国民にとって)よいことだろうか。商品が生産されるためには、原料段階から、商品の製造、完成品化、流通と幾つかの工程があるが、不可避の事情はあるとにしても、少なくとも食品、衣類、住居等、生活必需品は昔から言われているように、最寄品である。決して買回り品ではない。
 最寄品ということは今の言葉でいえば「地産地消」ということだ。生活をする以上無くてはならない、無くては生きていけないモノが生活必需品なのだから、それを輸入に頼ってはいけない。国際紛争や、自然災害の様なことで輸入が滞ったとき、どうすれば良いのか。少なくとも行政も生産者も消費者も、挙げて「地産地消」を守り育てていく努力が必要なのだ。
 消費者は価格が安いからといって外国産に飛びついてはいけない。家族が繊維関係に携わっているにも拘らず、消費する衣類は安い中国産を買っているということはないだろうか。家族の就労の機会を妨げないためにも、消費者はわが国の産業を空洞化させる原因をつくってはいけない。その生命線は自分が握っていることを、消費者は常に自覚して行動すべきなのだ。 
 大企業はグローバルに生きる以外に生き残りの道は無いのかもしれないが、地元の中小企業まで海外に移転しなければならないような経済環境にしてしまうことは、取り返しのつかない重大なミスティクである。
 特に問題は農産物である。農業は自然の中でしか生産出来ないから、地形、気象、土壌、水利等自然環境によって、生産品に価格、品質ともに大きな差がでることは避けられない。
 わが国の農産物が地形からして大型機械による大量生産には不向きで、コスト的には不利である。しかし、その他の自然環境や人的努力によって品質の良さにおいては、諸外国のレベルを超えていることは間違いない。
 現代は経済思考に発する価値観で、遠隔地からの輸送に関わるエネルギー等を無視しても、店頭の価格のみを対象にして動いているようである。
 供給者(造り手)の顔が見えて、消費者と一体になった経済が生まれて、地域の繁栄が約束される。消費者は生産者が製造に心をこめた思いを大切にし、満足すればご近所に口コミで宣伝活動に一役かって出る。双方が感謝しつつ商いが出来てこそ、長い取引が続くのだ。」 

「ポスト3・11時代」、素晴らしいです、もったいない学会の思想にも通じます
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# by tikyuu_2006 | 2012-11-22 04:51 | これからの日本

地球温暖化と地球の科学

地球物理学者、小川克郎博士による図です。先ずは、先入観なしにご覧を、そしてじっくり、お考えください。 
尚、本研究成果は2012年、日本地球惑星科学連合学会(大気海洋・環境科学領域)で発表された由。
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二酸化炭素(C)は単調増加していますが、気温(T)は大きく増減します、これは太陽活動(S)と相関が大きいようです。

そしてご参考に、
1)http://oilpeak.exblog.jp/18328015/
そしてアラスカ大学、赤祖父俊一名誉教授による見解です、
2)http://oilpeak.exblog.jp/8177019/
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# by tikyuu_2006 | 2012-10-08 16:31 | エネルギー、環境

立体農業  “人間の後には沙漠あり” 

立体農業 庭しんぶん・庭プレス社2009年10月号社説

“人間の後には沙漠あり”  『Tree Crops: A Permanent  Agriculture』という本がある。
アメリカ合衆国の農学者ジョン・ラッセル・スミス(John Russell Smith)が1929年に書い たものだ。この中で彼は、山間部や丘陵地帯などの傾斜地での鋤耕(じょこう)農業を鋭く批判する。

森林を伐採し農地を拓く。鋤で耕し、穀物を作る。しかし こうして裸にされ、耕された土は徐々に雨に流され、風で吹き飛ばされる。“土壌流失”と呼ばれる現象である。その結果やがてそこは表土を失い不毛の地と化 す。中国で、シリアやギリシャで、そしてグアテマラで、人類の農耕による土壌破壊は世界中で引き起こされてきた、と著者は述べる。
 この本が出版された当時、合衆国でも土壌流失は深刻だっ た。ヨーロッパで栽培される穀物(コムギ、オオムギ、エンバク、ライムギなど)は地面を覆って、その根は土壌をしっかり抑える。しかし合衆国で栽培される トウモロコシ、ワタ、タバコなどの作物の根は、土を捕捉する力が弱く、起伏のある農地で栽培すると、土壌流失が起こる。
 「最近インデアンの手からー彼等は地力を破壊しなかったー無理矢理に奪取したあの新開拓地中の新開拓地なるオクラホマ州ですら百萬哩の峡谷を持ち(引用者・注1)、茫漠たる沃野が、荒廃に帰して放棄せられた」。
 1930年代、合衆国中西部の農業地帯は“ダストボウル (dust bowl)”の時代を迎える。日照りにより乾燥しきった土は強風に舞い上がり、巨大な土煙となってはるか大西洋まで吹き飛ばされていった。表 土を失い痩せ地と化す農地。農民たちはそこを棄て、遠隔の地への移住を強いられる。カリフォルニアを目指すオクラホマの移住者たちの苦難の旅は、ジョン・ スタインベックの小説「怒りの葡萄」(1939年)でリアルに描かれている。
 スミスは言う。「田園流失、殊にアメリカに於いては、そ れが凡ゆる荒廃の原因の中で最大のものである。それは文明の根底を揺るがし、生命そのものの基礎を危くする。・・・流失してしまった田園は永久に帰ってこ ない。さればこそ旧大陸では“人間の後には沙漠あり(引用者・注2)”という諺がある。然らば之に対して何等かの講ずべき手段があるのであろうか?」。
 こうして著者が提案するのが、傾斜地における鋤耕農業の廃止と、tree crops(樹木作物)、特に穀樹を栽培する“樹木農業”の振興である。穀樹とは、クリ、カシ、クルミ、ペカンなど堅果を着ける樹木をいう。
 「丘陵地帯で食糧生産の自然的機関となるものは、小麦そ の他の草類ではなくて、実は樹木であることがわかるであろう。一本の樫の木はよく百ポンド乃至一トンの団栗(立派な炭水化物食品である)を生産する。或る 種の胡桃(Hyckory)やペカン(Pecan)は樽で量るほどの堅果を供給する。胡桃は二石からの果を産出する。又家畜の飼料としてもっとも適当な豆 を実らす樹(引用者・注3)がある。この豆を飼料として用ふれば、今日のまぐさを使用するよりも遥かに、一エーカー当たりの肉若しくはミルクの産出量が増 収されるであろう」。
 彼によると、樹木農業の優れた点は以下のようである。

 ① 穀樹の産する堅果は穀物と比較して、食糧あるいは飼料として栄養的に遜色なく、またはそれを凌ぐ
 ② 堅果の収穫量は高い
 ③ 鋤耕の必要がなく、土壌流失の心配がない
 ④ 急な勾配、岩石が多いなど穀類などの耕作に不適当な場所に適合している
 ⑤ 穀物、牧草、馬鈴薯などを台無しにしてしまう程の旱魃でも、さして害がでない
 ⑥ 接木や芽接の方法で、優良な性質を持った個体を簡単に増殖させうる

 著者はさらに“二階農業”を提案する。二階農業とは、樹 木の下に一年生作物を植え付けることである。このことで一階農業から得られるよりもはるかに大きな収穫が得られる。この種の農業は既に地中海方面では実際 に行われていると、著者はスペイン・マジョルカ島の例を紹介している。
 この島の耕地の90%は樹木の下に一年生作物を植え付け ている。例えば、イチジクの樹の下で、コムギ、クローバー、ヒヨコマメなどが規則正しく輪作されている。クローバーは二年間作付けられ、二年目にヒツジが 放牧される。コムギもイチジクも最大限の収穫は得られないが、双方とも75%程の収穫があり、併せて百五十%の成績が挙げられる。
 さらにスペインやポルトガルのある地方の様子を以下のように描写する。
 「畑の中に何処でも冬青樹(引用者・注4)が芽を出す と、大切にしてそのまま其処に成長させる。その木の周囲や下には、小麦と豆、大麦と牧草等が、之も機械の力を借りずに、自然のまま播付けてある。此の木と 草との合作は実に美しい公園のやうな光景を現出している。穀物を作ることが樫樹をして団栗を多量に実らせる結果を生じ、また穀物を収穫した跡へは豚が代り に入れられて団栗を拾ひ集める」。

“乳と蜜の流れる郷”

 この著作は1933年、『立体農業の研究』として翻訳出版された(恒星社発行)。翻訳者は賀川豊彦・内山俊雄である(上記の引用はこの翻訳書から)。賀川(注5)はこの本の冒頭に「序論 日本における立体農業」を寄せている。
 「高層建築は上に上に伸び上り、街路はコンクリートによ つて舗装せられ、車の轍にはゴムが捲かれ、凡ての食物は、その原形を損ねて食膳に供せられ、自然が与えてくれる凡ての美観と、土が保障してくれる安住の聖 地は、文明生活から奪ひ去られんとしている。都会には失業者が満ち溢れ、土を見捨てた者に刑罰が酬いて来ている。山林は荒れ、荒野は放擲され、徒らに盛場 に浮浪者が群がる。私が文明に対して攻撃したいのは全くこの点にある」。
 賀川は都市の巨大化に反対し、「私は森林と、畑と、果樹 園を小都市の傍らに並べておきたい。出来ることなら、小都会をも田園都市の形において設計したい」と述べる。そしてさらに疲弊した山間の農村部では、ラッ セル・スミスが提案する“立体農業”こそ実践されなければならないと主張する。彼は日本の林野面積が2289万町歩(昭和2年)にも上ることを指摘し、 「日本の面積はけして狭くはない。ただ山を有用に食糧資源にしようとしていないことが我々の誤謬である。我々の理想は木材と食糧と、衣服の原料が、三つと も山からとれるようにすることである」と述べる。
 聖書の「創世記」。エデンの園。蛇に誘惑されたイヴはそ こに生える禁断の“知恵の樹”の実を食べてしまう。神の怒りに触れたアダムとイヴは楽園を追われ、永遠に“生命の樹”から隔離される。こうして平面を這う ばかりの蛇が教えた“平面農業”が、追放された人類の文明を支えるものとなる。それ以降人間は樹を次々と切り倒し農地とし、やがてそこは砂漠化した。
 「今日バビロンの平野は、一面の大沙漠である。然し何千年か昔、そこが蜜と乳の流るる大森林で蔽われていたことは、世界の学者の意見が一致している。そしてこの大森林を沙漠に換えてしまつたのは、蛇が女に教えた農業の結果である」。
 キリスト者であった賀川の主張は、“生命の樹”の再生、すなわち“立体農業”の確立だった。
 賀川は全国を歩くうちに、日本列島の先住民族(縄文人)がドングリやトチの実を主要食物としていたこと、そして今もなおその風習がよく保存されている地方があることを知る。
 「ところが、この貴い栃の木を、最近はどしどし伐り払っ て、百年から二百年の木を一本八円位に売り払つていることを聞いて、私は全く悲しくなつてしまつたのである。・・・然し、どうせ山奥の他の木をあまり育て ることが出来ない所であれば、さういう大きな木を四五本持つて居れば、一年中それだけで食へる訳である。・・・山はそれで人間の食糧資源となり、洪水は少 なくなり、美観は増し、人間の安息所がそこに得られる訳である」。
 賀川のいう“立体農業”は単なる樹木農業ではない。より総合的、複合的な農業経営を意味する。
 「然し立体農業は、立体的作物だけを意味しない。地面を 立体的に使はうという野心が含まれている。我々は、樹木作物の間に蜂を飼ひ、豚を飼ひ、山羊を飼ふことは容易であり、その傍らを流れる小川に鯉を飼ふこと はさう困難ではないと思つている。その他、土地を有効に、多角的にまた立体的に組合わせて日本の土地を利用すれば、今まで棄ててあつた日本の原野が充分に 生き返ると私は思つている」。
 この本が翻訳されたのは1930年(昭和5年)に始まる 農村恐慌の只中だった。この時、日本農業の二大商品だった米と繭の価格は急落、一方現金収入を求めて都市に出稼ぎしていた多くの農民は失業し帰農せざるを えなくなった。さらに31年、34年の二度にわたる東北の冷害が追い討ちをかけた。農村は貧窮の淵に喘いでいたのである。賀川は『立体農業の研究』と同時 期に(1935年)出版した小説『乳と蜜の流れる郷』(復刻版・家の光協会・2009年)の中で、稲作と養蚕へのこだわりが強い当時の山村農業を克服し、 より“立体的な”農業経営をめざす農民たちの姿を描いている。
 東京の「武蔵野農民福音学校」(注6)をクルミの苗を求めて訪ねた主人公の農村青年に、そこの教師(賀川の分身であろう)は次のように語りかける。
 「ぜひあなたが、疲弊した農村を救おうと思っていらっ しゃるなら、ヤギをお飼いなさいよ。接ぎ木したクルミでも、まだ四、五年は待たなくちゃならんですからね。それまで食いつなぐにはヤギを飼うのがいちばん いいですよ。どんなに大きな飢饉があっても、野山には雑草が無いっていうことは、めったにありませんし、山の木の葉がついていないということは、まあ ちょっとないですからね。困っている農村にヤギがたくさんおれば、飢饉がきても絶対に大丈夫ですよ」。
 やがて主人公の青年たちは、桑畑にクルミを植え、山で拾ったドングリをニワトリやブタの餌にし、川でコイを飼い、林の中でヤギやミツバチを飼い、シイタケを養殖し始める。

“鶏で日給、豚で月給、椎茸と栗で年俸、山林で養老年金” 
           
 賀川の提案する立体農業を実践し、その体系化を試みた農 民の一人に久宗 壮がいる(私の義父)。久宗は1907年、岡山県久米町に生まれた(注7)。地元の農学校を卒業後、(財)大原奨農会農業研究所(岡山大学資源生物科学研究所の前身) 所長の近藤万太郎(種子学)の助手を5年間務める。そんな久宗が岡山県津山での賀川の伝道説教を聞いたのは、1930年5月のことだった。貧しい山村に生 まれ、若くして弟が肺結核を患い、貧乏のドン底につきおとされていた久宗は、「不幸に打ち克つことが人生最大の幸福である」と説く賀川に大いに励まされ る。賀川は、久宗の面会に快く応じ、立体農業の研究を勧める。この時以来久宗は故郷で農業に従事しながら、1985年に没するまで立体農業の研究に没頭す る。
 1950年、それまでの実践の成果を踏まえて、久宗は『日本再建と立体農業』(日本文教出版)を出版した。
 終戦直後、農村では「通貨膨張」と「食糧不足」により “百姓成金”が各地に出る程だった。しかし久宗はこの好況は一時的なもので、早晩不況に暗転するだろうと予測する。それは安い外国産農産物の輸入がまもな く本格化するに違いないと考えられるからだ。その備えとして彼は、農家が“拝金主義”から脱却し、自給経済に立脚した農業経営を確立しなければならないと して、こう述べる。
 「そうなればこそ、私は立体農業の確立こそ、明日の農村再建にもつとも大きな使命をもち、やがて農村の安定と高い生産文化をもたらし、日本再建への明るい途に通ずるものであることを確信する」。
 この著作の前半では、日本の農村が窮乏化する原因が分析される。
 彼が挙げる日本の農村が窮乏化する自然的災厄、人間的災厄は以下のようである。

・自然的災厄
  山岳農業の不振/耕地の狭小/人口過剰/周期的天災
・人間的災厄
  無畜農業/米麦一辺倒農業/交換経済中心の経営/若い農民が夢をもてない/農村の封建性/農民の迷信好き/土地の利用度が低い/共同心の欠乏/農民教育の貧困/無知と研究心の欠如/食生活の誤り

 これらの「災厄」を克服するものとして、立体農業が提唱される。
 「立体農業は単なる山岳農業ではない。多角形農業でもも ちろん無い。粗放的な略奪農業では断じてない。またいわゆる樹木農業でもないことは明らかである。立体農業はそれらを一切ひつくるめて、あらゆる山野、傾 斜地、空地、廃地、未開拓地を乳と蜜の流れる理想郷とする理想農業である。愛土農業である。」
 彼は“稼ぐ農業”から“食える農業”の転換を目指す。それは“鶏で日給、豚で月給、椎茸と栗で年俸、山林で養老年金”というように、山村の立地を最大限に活用した「有畜複合立体農業」であった。
 
そして新しい“飢饉”の時代へ 
              
 賀川や久宗は繰り返し、飢饉の恐ろしさを警告した。しか し久宗の著作が出てまもなくの50年代半ば、日本の農業は米の完全自給を達成した。冷害も克服されつつあった。耐冷性品種の開発、保温折衷苗代の普及、水 管理の合理化・・・。これらはあの“百花繚乱”の時代の官民一体となった研究の成果であった。
 そして21世紀初頭の今。まもなく新しい、そして深刻な “飢饉”がやってくる。“輸入食糧ゼロの日”の到来である。それは“百花繚乱”の時代を圧殺した日本の農業がいつか直面しなければならない宿命であろう。 終戦直後、久宗は輸入食糧の出現に強い危機意識をもった。しかし歴史は反転したのだ。まもなく立体農業の真価があらためて明らかになる日がやってくるに違 いない。
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# by tikyuu_2006 | 2012-08-06 21:39 | 日本のPLAN-B

私は戦争・原爆の非人道性を忘れない:弟の死骸を背負い、焼き場で待つ少年

先ずこの写真から、
「日本人が知らないニッポン」 -隠されてきた歴史から読み解く世界の成り立ち-
http://www.thinker-japan.com/thinkwar.html
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長崎原爆、戦慄の写真です。マネーが全ての現代日本人、この少年の思いを想像出来ますか? 以前NHKTV 「解かれた封印」、写真が語る20世紀…目撃者 2007年8月18日亡くなった元米軍カメラマン、J. オダネルによる、長崎原爆の直後を語る、戦慄の文と写真です。
当時私は開成中学(現開成学園)一年生、見渡す限り焼夷弾の突き刺さった焼け野原、空襲に怯える毎日でした。

オダネル:佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺めていました。…10才くらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。おんぶ紐をたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。…しかし、この少年の様子は、はっきりと違っています。重大な目的を持ってこの焼き場にやって来たという強い意志が感じられました。しかも彼は裸足です。少年は焼き場の渕まで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。…少年は焼き場の渕に、5分か10分も立っていたでしょうか。白いマスクをした男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶ紐を解き始めました。

この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に初めて気づいたのです。男達は幼子の手と足を持つとゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。それから眩いほどの炎がさっと舞い上がりました。真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。その時です、炎を食い入るように見つめる少年の唇に血が滲んでいるのに気がついたのは。少年があまりにきつく噛みしめている為、唇の血は流れることなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。夕日のような炎が静まると、少年はくるりと踵(きびす)を返し、沈黙のまま焼き場を去っていきました。背筋が凍るような光景でした。
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2007年8月18日亡くなったジョー・オダネル(Joe O'Donnell)<占領軍として原爆投下後の長崎に入り、その破壊力を 記録するため写真を撮影する一方で、軍に隠れ内密に自分のカメラでおよそ300 枚の 写真を記録した。帰国後、被爆者の記憶に悩まされ、悲劇を忘れ去ろうと全てのネガを 自宅屋根裏部屋のトランクの中に閉じこめ、43年間封印してしまう。しかし晩年になって 原爆の悲劇を訴え母国アメリカの告発に踏み切っていく。 だが、原爆投下を信じる周囲から 非難の声を浴びながら、85歳の生涯を閉じた、とのことです。

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そして1945年、広島原爆投下の朝日新聞記事、8月8日付です。この一面を私は今でも記憶しています。
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下記は、長崎原爆投下後の浦上天主堂周辺です。
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(2012年8月12日 石井吉徳記)

この少年の写真は、J. オダネルにより、「トランクの中の日本人-米従軍カメラマンの非公式記録」1955年小学館に含まれています。そのタイトル、「少年は気を付けの姿勢で、じっと前を見つづけた」とあります。(2013年8月7日記)
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# by tikyuu_2006 | 2012-08-02 17:21 | 新しい文明の構想

経済学とは何か

特集:「2030年の日本経済」(中央公論2011年8月号)、
堂目卓生大阪大学教授、「日本の復興と未来:アダム・スミスの総合知に学ぶ」より

・・・・本来、「経済:Economy」とは「生活圏:Eco」に関する「法:Nomos」のことであり、生活圏を守るために無駄なく資源を配分する法則を意味する。生活圏を「人類全体の生活圏」、資源を「自然資源と人間労働」と考えれば、経済とは「人類全体の生活圏を守るための、無駄のない自然資源と人間労働の配分法則」ということになる。

さらに経済成長とは、異時空間における無駄のない資源配分によって、生活圏が、より安全で快適なものになることを意味する。

原発事故によって広大な地域の生活圏が脅かされ、膨大な量の自然資源と人間労働が投入されている現在の状況を見れば、原発事故は、私たちが効率を求めてきたせいで起こったのでなく、むしろそれを真剣に求めてこなかったせいで生じたといえる。

今後は人類の生活圏にとって真の効率とは何かが追求されるべきであり、経済成長の中身が問われるべきである。国内総生産GDPが増大することは、雇用を増大する点で望ましい。 しかし、増大したGDPの中身は何なのか、それは本当に私たちの「心の平静」の基盤である生活圏を守ることに役立っているのか、見えないところで将来高くつく危険を冒していないのか。これらの問題が、社会構成員全員によって、これまでより厳しく問われなければならない。・・・・

地球科学者である私の、腑に落ちる言葉でした。
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# by tikyuu_2006 | 2012-07-21 02:19 | 新しい文明の構想

世界経済恐慌は来るか:「虚から実への回帰」、石油ピーク論の元祖、K.Hubbertの警告

アメリカのマネー工学の世界、労せずして儲ける「虚業の構造」が崩壊しつつある。75兆円という救済策をアメリカ下院は否決、株は777ドルの暴落となった。ヨーロッパでも大変である。
世界恐慌が目前に迫ったのでは、と危惧される昨今、これを「虚から実への回帰」ととらえ、日本は適切な回避策をとる必要があろう。そのためにまず、問題の本質を理解すべきでは。

1970年のアメリカ48州の「石油ピーク」を、1956年に予想した、「石油ピーク論の元祖」、M.King.Hubbert(1903~1989)、当時シェル石油のヒューストン研究所の地球物理学者は、1929年の世界恐慌時代から学んだとして、当時から「実の世界」の大切さ「虚の世界」の危うさについて論じていた。石油ピークはその論旨の一貫であった。そして下記は1989年、86才で没する前年のこと、日本のリーダに是非読んでいただきたい。

Hubbertは、優れた思想家でもあった。「マネー」は無限膨張できるが、反して地球は有限、その資源には限りがある、いずれ減耗すると現代文明のその矛盾、社会問題を、生涯を通して繰り返し警した。晩年、視覚と聴覚の障害に悩まされたが、その論は鋭く本質を突くものだった。

この世界で最も有名な地球物理学者Hubbertはハバートピーク(石油ピークのこと)、曲線の名で知られる。彼は1929年の世界恐慌がマネーシステムの混乱であるに対して、石油ピーク問題は、地球資源ベースの減耗、質の低下にある、より根源的な文明問題であると、生涯を通して訴え続けたのである。この視点が、今の恐慌前夜とも見られる世界経済を理解するのに欠かせない
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"Two Intellectual Systems: Matter-energy and the Monetary Culture"  by M.K. Hubbert
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During a 4-hour interview with Stephen B Andrews, SbAndrews at worldnet.att.net, on March 8, 1988, Dr. Hubbert handed over a copy of the following, which was the subject of a seminar he taught, or participated in, at MIT Energy Laboratory on Sept 30, 1981.
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"The world's present industrial civilization is handicapped by the coexistence of two universal, overlapping, and incompatible intellectual systems: the accumulated knowledge of the last four centuries of the properties and interrelationships of matter and energy; and the associated monetary culture which has evloved from folkways of prehistoric origin.

"The first of these two systems has been responsible for the spectacular rise, principally during the last two centuries, of the present industrial system and is essential for its continuance. The second, an inheritance from the prescientific past, operates by rules of its own having little in common with those of the matter-energy system. Nevertheless, the monetary system, by means of a loose coupling, exercises a general control over the matter-energy system upon which it is super[im]posed. "Despite their inherent incompatibilities, these two systems during the last two centuries have had one fundamental characteristic in common, namely, exponential growth, which has made a reasonably stable coexistence possible. But, for various reasons, it is impossible for the matter-energy system to sustain exponential growth for more than a few tens of doublings, and this phase is by now almost over. The monetary system has no such constraints, and, according to one of its most fundamental rules, it must continue to grow by compound interest. This disparity between a monetary system which continues to grow exponentially and a physical system which is unable to do so leads to an increase with time in the ratio of money to the output of the physical system. This manifests itself as price inflation. A monetary alternative corresponding to a zero physical growth rate would be a zero interest rate. The result in either case would be large-scale financial instability."

"With such relationships in mind, a review will be made of the evolution of the world's matter-energy system culminating in the present industrial society. Questions will then be considered regarding the future:

1)What are the constraints and possibilities imposed by the matter-energy system? human society sustained at near optimum conditions?
2)Will it be possible to so reform the monetary system that it can serve as a control system to achieve these results?
3)If not, can an accounting and control system of a non-monetary nature be devised that would be approptirate for the management of an advanced industrial system?

"It appears that the stage is now set for a critical examination of this problem, and that out of such inquries, if a catastrophic solution can be avoided, there can hardly fail to emerge what the historian of science, Thomas S. Kuhn, has called a major scientific and intellectual revolution."
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おわかりであろうか、1929年と今では資源制約など、文明の条件が全く違うことが。 写真は1929年10月24日、経済大恐慌当時のアメリカ、ウオールストリート街
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# by tikyuu_2006 | 2012-06-30 11:56 | 新しい文明の構想

行き過ぎる「温暖化脅威論」:IPCCを絶対視してはならない、自然は永遠の謎だから

地球温暖化について、IPCCは過去100年間しか見ていない。一方何千年、何万年の地球の自然現象、変動からみると、今問題の温暖化傾向は過去の地球の「小氷河期からの回復過程」である、つまり基本的に自然現象であるとの考えがある、例えばアラスカ大学の赤祖父俊一名誉教授などだが、その自然科学的見解は貴重である。世の中にはこのような、少数だが本物の「科学者」がおられる。
温暖化論議について化石燃料使用量の増大、主に戦後1946年ころから、と長期的な気候変動は調和的ではなく、別の挙動をしている。
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そして氷河の後退については、下図のヒマラヤの氷河のように1800年以前からすでに後退していた、となる。
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このような理由から、温暖化の主な理由は自然現象、地球の小氷期(Little Ice Age)から回復過程である、という科学的な視点が出てくる。
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人工的な二酸化炭素排出の影響は過去100年のほぼ0.6度の6分の一程度という見解となる。基本的に地球の自然現象としての気候変動を理解しなければ、合理的な21世紀の生きる道を探せない。真に怖れるべきは石油ピークのもたらすリスクであり、それについての原理的な対策は先ず「脱浪費」であり、それが最も合理的な温暖化対策となる。

石油の代わりは無いと思う、現代の工業社会、浪費文明は持続出来ない、と悟ることが最優先、そして当たり前だが、IPCCは学会ではない、絶対視してはならない。 言うまでも無いが、ノーベル平和賞は自然科学の賞でもないのである。

そしてさらに追加する。北極白熊が絶滅すると言う危機についても、次のようなデータがある北極熊は減っていないのである。
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いつまでも、情緒的なキャンペーンを繰り返してよいのだろうか?ここでも「科学」が欠落している。  日本では知られていないが、IPCCレポートは、ウイーン郊外のIIASAによる「エネルギーモデル」に基づいている。だが、このIIASAモデルは下記のように、理念、科学合理性を欠いている。いわばバラバラなのである。
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IPCCの気温、海水面の上昇予測が大きく異なるのは、第一に、この「エネルギーモデルのいいかげんさ」にある。IPCCが無視する石油ピーク論(oil peak)から予想される石油減耗(oil depletion)は、この範囲を下回るのである。
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ASPOによる、CNNにより世界に報道された。

そして第二に、自然をシミュレーションモデルで予測することの、原理的な難しさにある。それは自然は人間にとって永遠の謎だから。

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# by tikyuu_2006 | 2012-06-30 11:09 | エネルギー、環境

崩壊過程の現代文明: 「日本のプランB」

東京一極集中の諸相とその脆弱性 (Wikipediaなど)、
 地震などの自然災害、テロや戦争などの大規模な争乱が発生すると、日本の首都機能が破壊される危険。ニューヨークやロンドンなどと比較すると、東京は地震の危険に常時さらされており、ミュンヘン再保険会社によれば、ハザード×エクスポーズド・バリュー×バルネラビリティー(Vulnerability)の災害リスク指数は東京・横浜において格段に大きい。国家機能の潰滅がありうる。
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 しかも東京圏以外の各地の衰退、つまり人・モノ・資金・情報・サービス・機能・娯楽が集中、東京圏以外は経済的に衰え、地域の停滞が深刻化する。

 アメリカでは都市ごとに機能分担、首都ワシントンD.C.を始めとして各州の政府所在地は必ずしも州内最大都市とは限らない。政治がワシントンD.C.、経済がニューヨークだ、ニューヨーク州の州政府はニューヨークではなくオールバニにある。このような「政経分離策」により同時多発テロ事件が発生した際、国家機能の潰滅という最悪の事態を回避できた。

 ドイツは再統一に伴い、連邦政府首都をボンからベルリンにされたが、すべての首都機能をベルリンに集約せず連邦政府の各省庁について母体の配置をベルリンとボンに振り分け、その上で各省庁の内部部局を性格によってベルリン、ボンヘと分ける「混合モデル」を採用。

東京一極集中 - Wikipedia
日本において、政治・経済・文化・人口など、社会における資本・資源・活動が首都圏(特に東京都)に集中している状況を言う。

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崩壊過程の現代文明 ハードランディングを回避する「日本のプランB」
「地球は有限、資源は質が全て」、「石油ピークは食料ピーク、そして文明ピーク」
石井吉徳 2012-6

1)脱石油、脱原発の社会、自然エネルギーもEPRで評価、リアリズム重視
2)有限地球観、自然共存の地方分散、世界6位の海岸線、山岳75%、立体農業
3)脱欧入亜、脱グローバリズム、GDPからGPI,マネー資本主義の終焉
4)低エネルギー社会、少子化ほど有利、年長者も働ける社会の構築
5)石油ピークは流体燃料危機、脱車社会、鉄路、公共運輸の重視、自転車の利用
6)先ず減量、Reduce(減量)Reuse(再利用)Recycle(リサイクル)、最初のR
7)効率優先の見直し、集中から地域分散、自然と共存、地産地消で60倍の雇用も
8)GDP成長より心豊かに、もったいない、ほどほどに、人の絆を重ずる社会の構築

立体農業:300万haの耕地だが、山林500万ha、原野300万ha利用、1億4000万人が生存可(賀川豊彦による)
流体燃料危機:車、航空機、船舶など、運輸システム崩壊
Recycle (リサイクル):エネルギーが必要、都市鉱山
GPI: Genuine Progress Indicatior、真の進歩指標
温暖化対策は止める:地球は寒冷化している

下記の拙ホームページもご参考、
http://www1.kamakuranet.ne.jp/oilpeak/opinions/planb.htm
http://www.shiftm.jp/show_blog_item/131
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# by tikyuu_2006 | 2012-06-20 10:00 | これからの日本

日本のエネルギー戦略(その2) シェールガス・オイルに湧くアメリカだが

日本のエネルギー戦略の続き。今回は、まだまだ石油はある、シェールガス、オイルがどんどん開発されているという楽観論への警告である。
シェールガス・オイルブームのアメリカだが、最も大事なことを忘れている、資源は質が全て、その評価にはEPR=EROIが、そして地球は有限であること。Bakkenとは米ノースダコタ州、カナダ国境のシェールオイル帯。
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そして文明を支えるには、EROIがせめて10は必要なのだ。かっての「安く豊かな石油時代」には、それが100もあった、エネルギー出力/入力比では100/1と大きかった。それが歴史と共に減退した。その代替はないのだ。これが石油ピークの意味であり、石油文明の終焉である。
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David Murphyによる、出典http://www.aspousa.org/2009proceedings/David_Murphy_Oct_11_2009.pdf

そして日本でシェール革命と喧伝されるが、アメリカではガス井の生産性がどんどん低下している、
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(Energy Crunch - the new bulletin from nef and ODAC)
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# by tikyuu_2006 | 2012-05-29 17:49 | 資源は質がすべて

日本のエネルギー戦略(その1)

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世界のエネルギー利用実態から、先ず考える
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これから分かるとおり、石油、天然ガス、石炭などの化石燃料で85%以上、原子力は6%ほどである。そして石油は流体燃料で多目的である。 原発は電気のみ、期待の自然エネルギーは、まだまだ、これからである。

原子力は日本においても10%程度、単純計算でその10倍にならないと現代文明を支えるレベルとならない。しかのウラン資源も有限である。核燃料リサイクルをと日本は推進したが、未だ技術的にも全体の量においても国を支える位置にない。

楽観的なかっての2050年シナリオ、3・11で見直されている、
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最近はシェールオイルなども加わったが、そのネット・エネルギー、EPR(EROI、EROEIと同義)が課題、むしろエネルギー損失とみられる、非在来型の見かけの量、楽観論に騙されないこと。
EPR=Energy Profit Ratio、EROI=Energy Return on Investment、EROEI=Energy Return on Energy Invested
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カナダのオイル、タールサンドはEPRは低い、1,5程度だが、自然環境破壊は凄まじい。今は放置されているが、それを修復するとなるとEPRは1.0以下、つまりエネルギー損失となる。
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再生可能、自然エネルギーに今後期待されるが、その理念、戦略を整理する。
1)先ずその質を、EPRで見積もる、
2)定常的か、間歇的であるか、
3)電力系統に結ぶか、或いは地産地消的に利用するか、
など、逐次追加予定・・・・・・(未完)
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# by tikyuu_2006 | 2012-03-05 10:06 | 資源は質がすべて

知られざる現実、石油ピーク

石油文明の黄昏

地球は有限、資源は質が全て、それを理解するのが現代日本の最大の課題である。根拠のない楽観論は問題解決を遅らせるのみ、それが文明崩壊の道程である。

K.Hubbert(1903~1989)の唱えた石油ピーク(1956)
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老衰した油田
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衰退した原油ポンピング
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資源は質が全て、量ではない、特にエネルギーは収支比、EPR=Energy Profit Ratioが全てである。若い元気な油田はそれが100と高いが、いずれ20,10と減退する。 
油田は在来型というが、カナダのオイルサンドなどは非在来型という、そのEPRは1.5と低く、広大な環境破壊を伴う。それを修復すならEPRはもう1.0以下、つまり総合的にエネルギー損失である。

如何に石油が優れた資源、しかも多目的であるか、今更ながら認識することである。これがエネルギー問題を考える原点である。
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# by tikyuu_2006 | 2012-03-05 09:11 | 資源は質がすべて

「津浪と人間」:寺田寅彦(1933)

「天災は忘れて頃にやってくる」 地球物理学者、寺田寅彦の有名な警告です。これが3・11の前に真剣に読まれていたら、今回の津波による悲劇は避けられたのです。1933年に書かれた「津波と人間」、改めてご覧下さい。3・11はこれに原発の事故が、心無い安全神話によってもたらされました。これは人災、津波とは違って避けられたのです。

昭和八年三月三日の早朝に、東北日本の太平洋岸に津浪が襲来して、沿岸の小都市村落を片端から薙なぎ倒し洗い流し、そうして多数の人命と多額の財物を奪い去った。明治二十九年六月十五日の同地方に起ったいわゆる「三陸大津浪」とほぼ同様な自然現象が、約満三十七年後の今日再び繰返されたのである。

同じような現象は、歴史に残っているだけでも、過去において何遍となく繰返されている。歴史に記録されていないものがおそらくそれ以上に多数にあったであろうと思われる。現在の地震学上から判断される限り、同じ事は未来においても何度となく繰返されるであろうということである。

こんなに度々繰返される自然現象ならば、当該地方の住民は、とうの昔に何かしら相当な対策を考えてこれに備え、災害を未然に防ぐことが出来ていてもよさそうに思われる。これは、この際誰しもそう思うことであろうが、それが実際はなかなかそうならないというのがこの人間界の人間的自然現象であるように見える。

学者の立場からは通例次のように云われるらしい。「この地方に数年あるいは数十年ごとに津浪の起るのは既定の事実である。それだのにこれに備うる事もせず、また強い地震の後には津浪の来る恐れがあるというくらいの見やすい道理もわきまえずに、うかうかしているというのはそもそも不用意千万なことである。

しかしまた、罹災者りさいしゃの側に云わせれば、また次のような申し分がある。「それほど分かっている事なら、何故津浪の前に間に合うように警告を与えてくれないのか。正確な時日に予報出来ないまでも、もうそろそろ危ないと思ったら、もう少し前にそう云ってくれてもいいではないか、今まで黙っていて、災害のあった後に急にそんなことを云うのはひどい。

すると、学者の方では「それはもう十年も二十年も前にとうに警告を与えてあるのに、それに注意しないからいけない」という。するとまた、罹災民は「二十年も前のことなどこのせち辛い世の中でとても覚えてはいられない」という。これはどちらの云い分にも道理がある。つまり、これが人間界の「現象」なのである。

災害直後時を移さず政府各方面の官吏、各新聞記者、各方面の学者が駆付けて詳細な調査をする。そうして周到な津浪災害予防案が考究され、発表され、その実行が奨励されるであろう。

さて、それから更に三十七年経ったとする。その時には、今度の津浪を調べた役人、学者、新聞記者は大抵もう故人となっているか、さもなくとも世間からは隠退している。そうして、今回の津浪の時に働き盛り分別盛りであった当該地方の人々も同様である。そうして災害当時まだ物心のつくか付かぬであった人達が、その今から三十七年後の地方の中堅人士となっているのである。三十七年と云えば大して長くも聞こえないが、日数にすれば一万三千五百五日である。その間に朝日夕日は一万三千五百五回ずつ平和な浜辺の平均水準線に近い波打際を照らすのである。津浪に懲りて、はじめは高い処だけに住居を移していても、五年たち、十年たち、十五年二十年とたつ間には、やはりいつともなく低い処を求めて人口は移って行くであろう。そうして運命の一万数千日の終りの日が忍びやかに近づくのである。鉄砲の音に驚いて立った海猫が、いつの間にかまた寄って来るのと本質的の区別はないのである。

これが、二年、三年、あるいは五年に一回はきっと十数メートルの高波が襲って来るのであったら、津浪はもう天変でも地異でもなくなるであろう。

風雪というものを知らない国があったとする、年中気温が摂氏二十五度を下がる事がなかったとする。それがおおよそ百年に一遍くらいちょっとした吹雪ふぶきがあったとすると、それはその国には非常な天災であって、この災害はおそらく我邦の津浪に劣らぬものとなるであろう。何故かと云えば、風のない国の家屋は大抵少しの風にも吹き飛ばされるように出来ているであろうし、冬の用意のない国の人は、雪が降れば凍こごえるに相違ないからである。それほど極端な場合を考えなくてもよい。いわゆる颱風たいふうなるものが三十年五十年、すなわち日本家屋の保存期限と同じ程度の年数をへだてて襲来するのだったら結果は同様であろう。

夜というものが二十四時間ごとに繰返されるからよいが、約五十年に一度、しかも不定期に突然に夜が廻り合せてくるのであったら、その時に如何なる事柄が起るであろうか。おそらく名状の出来ない混乱が生じるであろう。そうしてやはり人命財産の著しい損失が起らないとは限らない。

さて、個人が頼りにならないとすれば、政府の法令によって永久的の対策を設けることは出来ないものかと考えてみる。ところが、国は永続しても政府の役人は百年の後には必ず入れ代わっている。役人が代わる間には法令も時々は代わる恐れがある。その法令が、無事な一万何千日間の生活に甚だ不便なものである場合は猶更なおさらそうである。政党内閣などというものの世の中だと猶更そうである。

災害記念碑を立てて永久的警告を残してはどうかという説もあるであろう。しかし、はじめは人目に付きやすい処に立ててあるのが、道路改修、市区改正等の行われる度にあちらこちらと移されて、おしまいにはどこの山蔭の竹藪の中に埋もれないとも限らない。そういう時に若干の老人が昔の例を引いてやかましく云っても、例えば「市会議員」などというようなものは、そんなことは相手にしないであろう。そうしてその碑石が八重葎やえむぐらに埋もれた頃に、時分はよしと次の津浪がそろそろ準備されるであろう。

昔の日本人は子孫のことを多少でも考えない人は少なかったようである。それは実際いくらか考えばえがする世の中であったからかもしれない。それでこそ例えば津浪を戒める碑を建てておいても相当な利き目があったのであるが、これから先の日本ではそれがどうであるか甚だ心細いような気がする。二千年来伝わった日本人の魂でさえも、打砕いて夷狄いてきの犬に喰わせようという人も少なくない世の中である。一代前の云い置きなどを歯牙しがにかける人はありそうもない。

しかし困ったことには「自然」は過去の習慣に忠実である。地震や津浪は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである。紀元前二十世紀にあったことが紀元二十世紀にも全く同じように行われるのである。科学の方則とは畢竟ひっきょう「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。

それだからこそ、二十世紀の文明という空虚な名をたのんで、安政の昔の経験を馬鹿にした東京は大正十二年の地震で焼払われたのである。

こういう災害を防ぐには、人間の寿命を十倍か百倍に延ばすか、ただしは地震津浪の週期を十分の一か百分の一に縮めるかすればよい。そうすれば災害はもはや災害でなく五風十雨の亜類となってしまうであろう。しかしそれが出来ない相談であるとすれば、残る唯一の方法は人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するより外はないであろう。

科学が今日のように発達したのは過去の伝統の基礎の上に時代時代の経験を丹念に克明に築き上げた結果である。それだからこそ、颱風が吹いても地震が揺ゆすってもびくとも動かぬ殿堂が出来たのである。二千年の歴史によって代表された経験的基礎を無視して他所よそから借り集めた風土に合わぬ材料で建てた仮小屋のような新しい哲学などはよくよく吟味しないと甚だ危ないものである。それにもかかわらず、うかうかとそういうものに頼って脚下の安全なものを棄てようとする、それと同じ心理が、正しく地震や津浪の災害を招致する、というよりはむしろ、地震や津浪から災害を製造する原動力になるのである。

津浪の恐れのあるのは三陸沿岸だけとは限らない、寛永安政の場合のように、太平洋沿岸の各地を襲うような大がかりなものが、いつかはまた繰返されるであろう。その時にはまた日本の多くの大都市が大規模な地震の活動によって将棋倒しに倒される「非常時」が到来するはずである。それはいつだかは分からないが、来ることは来るというだけは確かである。今からその時に備えるのが、何よりも肝要である。

それだから、今度の三陸の津浪は、日本全国民にとっても人ごとではないのである。

しかし、少数の学者や自分のような苦労症の人間がいくら骨を折って警告を与えてみたところで、国民一般も政府の当局者も決して問題にはしない、というのが、一つの事実であり、これが人間界の自然方則であるように見える。自然の方則は人間の力では枉まげられない。この点では人間も昆虫も全く同じ境界きょうがいにある。それで吾々も昆虫と同様明日の事など心配せずに、その日その日を享楽して行って、一朝天災に襲われれば綺麗にあきらめる。そうして滅亡するか復興するかはただその時の偶然の運命に任せるということにする外はないという棄すて鉢ばちの哲学も可能である。

しかし、昆虫はおそらく明日に関する知識はもっていないであろうと思われるのに、人間の科学は人間に未来の知識を授ける。この点はたしかに人間と昆虫とでちがうようである。それで日本国民のこれら災害に関する科学知識の水準をずっと高めることが出来れば、その時にはじめて天災の予防が可能になるであろうと思われる。この水準を高めるには何よりも先ず、普通教育で、もっと立入った地震津浪の知識を授ける必要がある。英独仏などの科学国の普通教育の教材にはそんなものはないと云う人があるかもしれないが、それは彼地には大地震大津浪が稀なためである。熱帯の住民が裸体はだかで暮しているからと云って寒い国の人がその真似をする謂いわれはないのである。それで日本のような、世界的に有名な地震国の小学校では少なくも毎年一回ずつ一時間や二時間くらい地震津浪に関する特別講演があっても決して不思議はないであろうと思われる。地震津浪の災害を予防するのはやはり学校で教える「愛国」の精神の具体的な発現方法の中でも最も手近で最も有効なものの一つであろうと思われるのである。

(追記) 三陸災害地を視察して帰った人の話を聞いた。ある地方では明治二十九年の災害記念碑を建てたが、それが今では二つに折れて倒れたままになってころがっており、碑文などは全く読めないそうである。またある地方では同様な碑を、山腹道路の傍で通行人の最もよく眼につく処に建てておいたが、その後新道が別に出来たために記念碑のある旧道は淋さびれてしまっているそうである。それからもう一つ意外な話は、地震があってから津浪の到着するまでに通例数十分かかるという平凡な科学的事実を知っている人が彼地方に非常に稀だということである。前の津浪に遭った人でも大抵そんなことは知らないそうである。(昭和八年五月『鉄塔』)

底本:「寺田寅彦全集 第七巻」岩波書店 1997(平成9)年6月5日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店1985(昭和60)年
初出:「鉄塔」1933(昭和8)年5月1日
※初出時の署名は「尾野倶郎」。
※単行本「蒸発皿」に収録。

この警告は、東大地球物理学教室の大先輩、寺田寅彦(1878~1935)によりますが、先生はこの2年後、57歳の若さで亡くなられました。(石井吉徳2011年9月3日記)
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# by tikyuu_2006 | 2012-03-03 09:05 | これからの日本

Two Intellectual Systems: Matter-energy and the Monetary Culture

"Two Intellectual Systems: Matter-energy and the Monetary Culture"  by M.K. Hubbert (1903~1989)

During a 4-hour interview with Stephen B Andrews, SbAndrews at worldnet.att.net, on March 8, 1988, Dr. Hubbert handed over a copy of the following, which was the subject of a seminar he taught, or participated in, at MIT Energy Laboratory on Sept 30, 1981.

<石油ピーク論で著名なHubbertは、優れた哲学者でもあった。「マネー」は無限膨張できるが、反して地球は有限、その資源には限りがある、いずれ減耗する。Hubbertはその矛盾、社会問題を繰り返し論じている。晩年、視覚と聴覚の障害に悩まされたそうだが、その論は鋭く本文のごとく本質を突くものだった>

<今世界で最も有名な地球物理学者、M.K.Hubbert:1903~1989、ハバート曲線の名で知られるが、1929年の世界恐慌がマネーシステムの混乱であるに対して、今の石油ピーク問題は、地球資源ベースの減耗、質の低下にある、より根源的な文明問題であると、生涯を通して訴え続けた>

"The world's present industrial civilization is handicapped by the coexistence of two universal, overlapping, and incompatible intellectual systems: the accumulated knowledge of the last four centuries of the properties and interrelationships of matter and energy; and the associated monetary culture which has evloved from folkways of prehistoric origin.

"The first of these two systems has been responsible for the spectacular rise, principally during the last two centuries, of the present industrial system and is essential for its continuance. The second, an inheritance from the prescientific past, operates by rules of its own having little in common with those of the matter-energy system.

Nevertheless, the monetary system, by means of a loose coupling, exercises a general control over the matter-energy system upon which it is super[im]posed. "Despite their inherent incompatibilities, these two systems during the last two centuries have had one fundamental characteristic in common, namely, exponential growth, which has made a reasonably stable coexistence possible.

But, for various reasons, it is impossible for the matter-energy system to sustain exponential growth for more than a few tens of doublings, and this phase is by now almost over. The monetary system has no such constraints, and, according to one of its most fundamental rules, it must continue to grow by compound interest.

This disparity between a monetary system which continues to grow exponentially and a physical system which is unable to do so leads to an increase with time in the ratio of money to the output of the physical system. This manifests itself as price inflation. A monetary alternative corresponding to a zero physical growth rate would be a zero interest rate. The result in either case would be large-scale financial instability."

"With such relationships in mind, a review will be made of the evolution of the world's matter-energy system culminating in the present industrial society. Questions will then be considered regarding the future:
What are the constraints and possibilities imposed by the matter-energy system? human society sustained at near optimum conditions?

Will it be possible to so reform the monetary system that it can serve as a control system to achieve these results?

If not, can an accounting and control system of a non-monetary nature be devised that would be approptirate for the management of an advanced industrial system?

"It appears that the stage is now set for a critical examination of this problem, and that out of such inquries, if a catastrophic solution can be avoided, there can hardly fail to emerge what the historian of science, Thomas S. Kuhn, has called a major scientific and intellectual revolution."
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有限地球で無限成長は出来ない、K.ハバートの警告:変化の3タイプ (2006-7)

変化には3つのタイプがある。
1)貨幣は無限成長できる、人口も今まではそうであった。しかし、2)自然系は限界がある、それには、河川のポテンシャルのように頭打ちになるタイプと、3)資源のようにピークを打つものなど。石油のような地下資源は非再生的だが、森林のように本来再生的であっても、その収奪が早いと実質的に非再生的となるタイプなどである。

 石油ピーク論の創始者、K.ハバートは1929年の経済恐慌から多くを学んだ。貨幣システムが崩壊したのが1929年の恐慌であったが、当時はまだ資源生産量も幾何級数的に増加できたのである。そのためケインズの政府による需要拡大策、大規模な公共投資には意味があった。事実、資本主義経済はケインズ政策によって、しばしば救われた。だがもうそうは行かない、石油ピークが到来すると警告している。

 1990年代の日本、不況対策として大規模な財政支出をした。そして1000兆円に上る借金を国、地方自治体が積み上げた。この投資は間違っていた。来る石油ピーク時代に備えずに、道路、橋を作った。つまり車社会に膨大な税を投入したのである。時代に逆行した。このようなことをやったのは日本のみである。リーダ・指導層の見識の欠如と言わねばならない。

そして今2013年、新しい自民党安倍政権だが、経済浮揚と新年早々から大判振る舞い、再び大きな錯覚のようである。
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# by tikyuu_2006 | 2012-02-27 21:55 | 新しい文明の構想

崩壊するエネルギー基盤、世界はその先に何を見るのか その1/2

石井吉徳 2011年12月13日

3・11と日本
人は自然の恵みで生かされています。今は石油文明、その石油生産がピークにあります。いわゆる石油ピークですが、それは食糧の生産ピークを意味します。そして運輸、合成材料なども殆どすべては石油依存ですから、石油ピークは文明ピークなのです。その石油が減耗しています。石油減耗ですが、私たちの社会はどう変化するのか、それが本論の主題です。

そこに3・11です。地震、津浪だけでも大変な国難なのに福島原発の大災害が重なりました。その危機は今も進行中、広範囲な放射能汚染は被害地、岩手、宮城、福島の東北3県に留まりません。
人間への健康被害、特に幼児、女性の未来が心配です。農業、漁業、そして自然の生態系、あらゆる放射性被害が懸念されます。その影響は数十年と長く、子孫へ引き継がれます。原発廃炉そのものも数十年もかかるようです。

原発安全神話は原子力ムラといわれる人々、政官財の権益構造によって培養されたとされ、知識人、大学もそれに協力したようです。

3・11後、その構造が次第に明るみに出始めました。とくに第三のメディア、ネットがその暴露に貢献しているようです。
日本は3・11によって、全く変わりました、でもその方向性は未だ定まりません。そのためには国の、社会の基本理念は必要です、それを考えるのが本論です。

1.石油減耗時代、新しい価値観が問われている
連日、経済成長、浮揚が話題です。もっと財政支出を、産業・雇用対策を政府は考えよ、との大合唱です。しかしすでに日本は世界最大の借金大国、20年間の日本病は益々重体、そこに東日本大震災です、更なる要求、不満が政府にぶつけられます。
それは可能なのでしょうか、無いものねだりではないでしょうか。何か根本、思考の原点を変えなければならないのではないでしょうか。石油文明を支える「安く豊かな石油」が限界なのです。

1972年のローマクラブの「成長の限界」が現実になっている、と考えます。当時、エコノミストが「限界」を嫌って一斉攻撃し葬ったのですが、それを助けたのがテクノロジスト、技術至上主義でした。成長願望は原発崩壊後も変わらないようです。

「地球は有限、資源にも限りが」、何故理解されなかったか
世界の油田発見ピークは遥か昔の1964年頃でした。そして石油の生産量ピークは2005年、その後は景気の変動とともにプラトーとなっていますが、いずれ原理的な石油減耗時代がくるのでしょう。

(2005年 R.Bartlett 議員が US Congressで証言に使った図)
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日本は無資源国と言われますが、昔は金や銀、石炭など豊富でした。けれど採り尽くしてしまった。それがいま地球規模でおこっているのです。でも認めようとしません。
例えば新しい車社会の試みとして、電気自動車が話題ですが、その電池に使われるリチウム資源は南米の塩湖で採れますが、それも自然の蒸発で濃縮された資源です。勿論有限で、環境汚染が激しいのです。

このようなことは日本で話題にしません。そして原子力発電に使われるウランも濃縮されたもの、当然有限です。そこで海水ウランという人が、業界トップにすらいます。エネルギー収支比、EPRがわかっていないのですね。

在来型と非在来型のエネルギーのちがい、本物とそうでないもの、それはEPRで判断するしかないのです。日本では近海に天然ガス資源としてメタンハイドレート豊富と、いろいろな幻想が報道されますが、濃集されていない海底面下の地層中に分散した水和物で、ガス油のように自噴するわけではないのです。そのほか様々な新エネルギーもEPRで見直さないと無限の税の浪費となります。

石油減耗時代はもう来ている
繰り返します、「安くて豊かな石油」が現代の大量生産型の工業文明を支えました。グローバリゼーションのための船の運賃は非常に安く、そのおかげで中国なども鉄鉱石を南米から輸入し鉄を造って輸出する経済が成り立っています。日本も食料の多くを海外から安く輸入できました。

しかし石油減耗で飛行機、クルマ、船など、内燃機関に石油を使う現代の運輸システムは衰退するでしょう。これはグローバリゼーションの終わりを意味します。

流体燃料が支えたグローバリゼーションが衰退すると、食料が安く輸入できないばかりでなく、肥料やトラクター燃料、農薬などに影響がでます。食料生産は低下します。今は食料1キロカロリーを生産するのに、石油を10キロカロリー使っていますから現代の人間は石油を食べているようなものです。

いま世界中で富裕層に富が集まっており、大きな格差社会ができています。石油をベースの経済成長主義は、社会に大きな歪みをもたらしました。日本では年間3万人もの自殺者が出ています、若い人は大学を卒業しても就職できません。地方や一次産業は疲弊し、人々のつながりが希薄となり、心が貧しくなっています。

石油ピーク後はこうした効率優先社会は成り立たなくなりますから、むしろ地産地消型で食料生産にも人手がかかるので、雇用が増えます。風車や小型の水車などは地場産業向き大工さんが造れます。地方で中小企業、産業を育って行くでしょう。そういう視点から見直すと何をすべきか見えてきます。

政治家や大企業のトップ、高級官僚は今の状態を変革しようと思っていない。彼らは今がハッピーで「幸福ピーク」なのです。でもお金持ちでない庶民、とくに若い人は上の人の考えをクールに見ている。政府や企業が煽る、浪費のかけ声に踊りません。直感的に無駄をしてはいけない、無駄の先に未来はないと思っているようです。「もったいない」が分かっているのでしょう。

2008年、リーマンショックの前、トヨタ技術会で、石油ピークについて講演しました。、1000名を超える人が集まりました。その事前打ち合わせで何回か会った若いトヨタ社員は、自分が50~60歳になった時、今のトヨタがこのままでないと直感していました。
一般の国民もクールに見ています。この意味では日本国民の意識は世界の最先端なのかもしれません。石油ピークは文明ピークです、社会の仕組みが大きく変わる、と肌で感じているのかもしれません。

2.石油ピーク、その資源減耗が日本で報じらない、どうしてか
日本は石油ピークの重大さを分かっていません。当たり前のように石油を使っているから、なんとかなるだろうと思っているのでしょうか。石油がどれほど貴重で優れたエネルギー源かが分かっていない、よく言われる喩え、「低く垂れ下がった林檎」はもう取り尽くした、のです。

石油は流体燃料です、内燃機関に欠かせません、プラスチック製品や、農薬、化学肥料、道路のアスファルトなどにもなる多目的資源です。余すところなく全部使える、しかも他の鉱物資源と違って自噴します。石油を「汲み取る」と言うのは大きな間違い、実際は地中から轟音と共に噴き出してくる物質です。このような資源は他にありません。

話題のカナダのオイルサンドは一種の鉱山です。アメリカで有名な、古い頁岩層にわずかに含まれるシェールガスは、水平ボーリンクで水、化学物質を圧入して割れ目をつくり天然ガスと生産しますが、その割れ目の保持に砂粒なども入れます。これは水圧破砕、通常のガス田と違って自噴はしないのです、そしていま環境被害が表面化しています。
そのようのものは非在来型といいますが、それも無限ではないのです。大事に子孫に出来るだけ残しておきたいものです。だから私は先ず脱浪費、もったいない、でと主張するのです。

石油開発で始まった人生、秋田の八橋油田から中東まで
私の専攻は地球物理学、地震や気象、海洋学など、地球を物理的に学ぶ学問です。大学卒業後、帝国石油に入社し秋田の八橋油田の探堀井で見習鉱夫として配属されました。そこで試油テストで櫓が揺れほどの勢いで石油が出るのを体験しました。地球の中にはこんな凄い資源があると感じたました。これは実際に体験しないとわからないでしょう。
その後、石油開発に16年。突然、東大工学部から助教授に招聘されましたが、円満退職に2年かかり、38歳から教育、研究の生活です。
石油開発業界にいた頃、インドネシアに日本が進出しましたが、もう新しく油田を探す場所がほとんど無かったのです。
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石油が噴出するのは、中東でも秋田でも最初は同じように凄いものです。しかし日本の油田は早く減耗しますが中東では何十年も続くのです。これは油層の厚さ広がりのスケールが違う、つまり資源量が全く違うからです。例えばサウジアラビアにあるガワール油田は地球最大で、その背斜構造は幅が30㎞、長さが200㎞もあるのです。
こうした超巨大油田は、中東・ペルシャ湾岸のアラブ首長国連邦、サウジアラビア、クウェート、イラク、イランの5ヶ国だけです。面積にすると中東の7%、地球史上の好条件が重なり超巨大油田群が育ったのです。

中東の超巨大油田、地球の大陸移動と深い関係が
今から約2億年前、一つの超大陸が分離する過程でテチス海という内海が誕生しました。当時、地球は温暖化でCO2の濃度が今の10倍、気温は10度程も高かった。この活発な光合成によって藻類や有機物が大量に生産されテチス海に沈殿され、陸からの土砂が集積し堆積盆地となったのです。有機物が長い年月の温度圧力で石油に熟成しました。油層ですが、その盛り上がりの背斜構造は非浸透性の岩石で密閉されないと漏れてしまいます。このようにして油田には上から天然ガス・原油・水が集積した。この地球上の僥倖ともいえる条件でできたのが、中東の巨大油田ですが、もう老年期にあります。

でも地球は広いからまだ探せば良いと思うかもしれません。しかし油田の候補地である堆積盆地の95%はもうわかっています。人は大きな発見しやすい、エネルギーコストが安い資源から採っていきます。ガワール油田は1948年頃、クウェートのブルガン油田は1930年代、イラクのキルクーク油田は1920年代に発見されています。世界の油田発見ピークは1964年頃、それ以降の発見量は減少の一途です。

石油資源は有限でないと専門家は今も言う、何故か
アメリカのエネルギー情報局のデータによると、2005年5月に世界の原油生産量が頭打ちになっています。一方で消費量は増え続けており、すでに石油ピーク,減耗期に入っています。

その象徴がメキシコ湾で起きたBPの海底油田事故です。海底油田も世界最大規模のペルシャ湾では平均水深が30~40メートルで、そこから2000メートルも掘ればよいのです。メキシコの例と違って、櫓は海底に立ち安定しています。メキシコ湾の場合は水深1600メートルもの海底から、さらに3800~4000メートルも掘っています。掘削リグは浮いており、その場にスクリューで自動的に位置を保ちます。そしてリグから伸びた掘削ドリルパイプ、泥水の循環のための長いライザー部分が、リグの爆発炎上によって海底に折れ曲がって落ち、そこから石油が噴出したのです。

資源の「質」、収支比、EPRを理解すること
今ではエネルギーコストのかかる、条件の悪い油田しか残されていません。石油ピークの前と後ではエネルギーの質が違うのです。それを表す指標がエネルギー収支比:EPR(energy profit ratio)、エネルギーの出力/入力比です。この値が高いほど質が良いのです。

初期の油田のEPRは100もありますが、減衰するとEPR10~20ぐらいに低下します。カナダのオイルサンドではEPRは1・5程度です。
バイオ燃料もEPRは低く、コーンエタノールは1以下、エネルギー収支が赤字です。ブラジルのサトウキビだと1以上でしょうが、文明を支えるには最低限EPR10は必要です。

分かりやすい譬えに「ラビット・リミット」があります。インディアンが1のエネルギーを使って、1の食料エネルギーのウサギを捕まえれば、入出力は一緒、EPR1となり生きられます。でも妻を養っていれば2人分、EPRは2、4人家族ならばEPRは4が必要。社会は食料を生産しないメディア、法律家、学者、政治家など大勢ですから、文明社会を支えるには、EPR10は必要となります。余剰エネルギーが文明の維持には必要なのです。

3.太陽、風力など、自然エネルギーは石油代替となり得るか
太陽光発電のEPRはかなり良いケースでも5ぐらい。そして夜、曇りは発電しませんから、今の文明を支えられません。簡単に自然エネルギーで100%とはならないのです。エネルギーミックスがこれからの大きな課題です。

濃縮が資源の必要条件、それが「自然の恵み」ということ
太陽エネルギーは、人間が1年間に使う量の1万倍と専門家も繰り返しますが、いくら量があっても希薄で拡散しているものを濃縮するのにエネルギーが必要です、資源とは自然が濃縮してくれた恵みなのです。

先日NHKで、産油国のアブダビが太陽エネルギーを使って10万人都市を造ると放映していました。しかし夜は太陽は照りません。そして砂漠は年中風が吹いており、砂嵐がきたらフロントガラスが磨りガラスになるような所です。砂漠で太陽発電都市といっても簡単ではないのです。

また水素エネルギーというのも問題です。まず水素は何かの一次エネルギー資源から作れなければならない二次エネルギーです。自然界に水素資源などないのです。メタンを原料として水素は作れますが、メタンそのものが有限資源です。原発で水を電気分解するにしてももロスはあります、そのEPRも気になります。

海水ウランも量は大きいでしょうが、濃縮されていません、集めるのにまたエネルギーが要りますが、原子力関係者に今も海水ウランをと言う人が後を絶ちません。

繰り返しますが、メタンハイドレートは日本の未来の天然ガス資源として喧伝されます。日本近海でボーリング調査などに毎年かなりの税が投入されますが、ガスが自噴するわけでない投入エネルギーがもったいないです。

瓦解した原発安全神話、原子力をどう見る
私は原発絶対反対論者ではありません。原子力関係者は、原子力発電は絶対に安全だと言い続けてきました。その神話に皆、洗脳されてしまった。

聖書の言葉に「耳ある者は聞くべし」。人には耳がない。人は聞きたいことしか聞かないということです。「学者らに心せよ」とも言っています。学者はわかったつもり、本当は知らない。だから学者に注意しなさいと。

原子力発電、温暖化防止、それを推進する専門家、自分で自分を刷り込んでいく。だから福島のようなことが起こる。そこで、私が言いたいのは、正論は繰り返し言い続ける必要があるということです。繰り返し、繰り返し、耳なき人に語り続けねばなりません

日本では電力の30%を原子力発電が占めますが、トータルの一次エネルギーでは10%くらい。つまり原子力発電で全エネルギーを賄うには今の10倍が必要です。それにウラン鉱山の採掘、発電所の建設、輸送、廃棄物処理など全てに石油のインフラが必要です。この点では太陽電池などと同じです。

クリーンといわれる燃料電池のリチウムも有限、リチウム産地のチリでは、採掘によって激甚の環境破壊が起こっています。こうしたマイナス面が日本では全く報道されません。また石炭も当然有限資源ですから、いずれピークを迎えます。

結論を言えば、石油に替わる優れた資源はもうないのです。そして3・11です。日本の原子力神話が瓦解、原発災害は直接、間接に日本中を揺るがしています。その放射能被害は時空間的に計り知れないレベル、何十年と続くのです。

4.地球温暖化研究の最近の成果、CO2削減をどう見る
温暖化は人類最大の危機と思っている人が、今でも大勢です。メディアは2100年には海水面が何mも上昇する、農業も大打撃、森林の生態系変化、北極では白熊が絶滅する、などと危機を煽りますが、最近の冷静な科学研究によると、地球は今むしろ寒冷化しているというのです。
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(ASPOによる、CNNで報道される)
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このような事実を温暖化懐疑論と決め付けないで、多様な見解があると国民にそのままお知らせすべきでしょう。それが科学的と思います。IPCCの盲従もそろそろ終わりにしないと、国際的な力学に翻弄されます。いまでは排出権取引で日本は損するばかり、原発の放射能汚染のほうが遙かに重大です。

温暖化対策をエネルギー問題として考える
温暖化はエネルギー問題そのものです。でも多くの人はそう思っていません。温暖化についての自然科学的な事実も、正しく伝わっていません。氷河が融ける,白熊が可愛そう、南極半島が今では植物の生えるツンドラ地帯のようになった、21世紀末には何mも海水面が上昇するなどと、脅威は増幅されます。

私は1993年ころ、サウジアラビア、ドバイ、アブダビに行き、アブダビ石油公社(ADNOC)の総裁にも会ったことがあります。大きな総裁室で、窓の外を見れば陽光に照らされる黄色っぽく輝くペルシャ湾が見えました。黄色は、ペルシャ湾は浅いからです。

当初は5分ぐらいの表敬訪問の予定でした。型どおりの挨拶のあと、ちょうど地球温暖化が話題になっていた頃だったので、私はグリーンランドの氷について質問しました。彼は当然氷が溶けて薄くなっていると思っている。私は逆に内陸部では厚くなっていると話しました。「この100年で地球は0・6~0・7度ぐらい温かくなり、水の蒸発量が増えた。しかし年間平均気温がマイナスのところでは、降るのは雨ではなく雪。それが積もって氷となるので、氷がむしろ厚くなっているのだ」、と。

総裁は身を乗り出し、温暖化とエネルギー問題について次々質問。気づいたら1時間以上が経っていました。後で日本大使館の全権大使に「日本人が石油公社の総裁室で、そんなに話し込んだのは初めて」と言われました。そのぐらい珍しいことだった。
当時日本が石油を一番輸入していたのはアブダビで、日本の財界のトップなども訪れていました。しかしビジネスが殆どで、興味を惹く話をする人はおらず、つきあいも薄いものだったようです。一方、ヨーロッパと中東は文化・歴史を含めた長い付き合いがあります。

欧米の国々は、中東の石油埋蔵量に関するデータを豊富に持っている。石油が減耗すれば、温暖化の気温上昇はIPCCの予測を下回ります。彼らはオイル・ピークが分かっての確信犯なのかもしれません。

国際的情報は客観的とは限らない、誇張される石油埋蔵量
国際機関、組織が公に流す「情報」は、元々かなり政治的です。IPCCが基礎とするOPECの公式的な埋蔵量などは、二次、三次的な情報です。地質的なファーストハンド、つまり一次情報以外は情報とは言えません。

1980年代、中東の石油埋蔵量を政府が公表する数字が一挙に増えたことがあった、それは石油生産の枠が埋蔵量に準拠したからで、それぞれの中東産油国が勝手に増やしたに過ぎなかったのです。それでも政府発表ですから、嘘とはいえない。それを集計するのが国際機関ですから、それを政治的な数字と理解するのが常識、それが国際政治です。ですが日本はそこから発想する、大学の先生方も情報不足、そして深くは考えません。

私は1997年のCOP3の時、国立環境研究所の所長として京都会議に参加しました。それは国益がぶつかりあう場所でした。IPCCだけに頼って議論していては戦略的に危ないと感じました。日本は排出権取引などで、世界からお金を取られるだけ、それでは駄目です。長年の欧米追従の癖が抜けない日本の識者です、国際的にとても幼いのです。IPCCの御用学者のようでは、強かなか人々には牛耳られてしまいます、よほど注意しないと。
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# by tikyuu_2006 | 2012-01-15 21:12 | これからの日本

[津浪と人間] 寺田寅彦 1933年

 昭和八年三月三日の早朝に、東北日本の太平洋岸に津浪が襲来して、沿岸の小都市村落を片端から薙
なぎ倒し洗い流し、そうして多数の人命と多額の財物を奪い去った。明治二十九年六月十五日の同地方に起ったいわゆる「三陸大津浪」とほぼ同様な自然現象が、約満三十七年後の今日再び繰返されたのである。
 
 同じような現象は、歴史に残っているだけでも、過去において何遍となく繰返されている。歴史に記録されていないものがおそらくそれ以上に多数にあったであろうと思われる。現在の地震学上から判断される限り、同じ事は未来においても何度となく繰返されるであろうということである。
 
 こんなに度々繰返される自然現象ならば、当該地方の住民は、とうの昔に何かしら相当な対策を考えてこれに備え、災害を未然に防ぐことが出来ていてもよさそうに思われる。これは、この際誰しもそう思うことであろうが、それが実際はなかなかそうならないというのがこの人間界の人間的自然現象であるように見える。

 学者の立場からは通例次のように云われるらしい。「この地方に数年あるいは数十年ごとに津浪の起るのは既定の事実である。それだのにこれに備うる事もせず、また強い地震の後には津浪の来る恐れがあるというくらいの見やすい道理もわきまえずに、うかうかしているというのはそもそも不用意千万なことである。」
 
 しかしまた、罹災者りさいしゃの側に云わせれば、また次のような申し分がある。「それほど分かっている事なら、何故津浪の前に間に合うように警告を与えてくれないのか。正確な時日に予報出来ないまでも、もうそろそろ危ないと思ったら、もう少し前にそう云ってくれてもいいではないか、今まで黙っていて、災害のあった後に急にそんなことを云うのはひどい。」
 すると、学者の方では「それはもう十年も二十年も前にとうに警告を与えてあるのに、それに注意しないからいけない」という。するとまた、罹災民は「二十年も前のことなどこのせち辛い世の中でとても覚えてはいられない」という。これはどちらの云い分にも道理がある。つまり、これが人間界の「現象」なのである。

 災害直後時を移さず政府各方面の官吏、各新聞記者、各方面の学者が駆付けて詳細な調査をする。そうして周到な津浪災害予防案が考究され、発表され、その実行が奨励されるであろう。

 さて、それから更に三十七年経ったとする。その時には、今度の津浪を調べた役人、学者、新聞記者は大抵もう故人となっているか、さもなくとも世間からは隠退している。そうして、今回の津浪の時に働き盛り分別盛りであった当該地方の人々も同様である。そうして災害当時まだ物心のつくか付かぬであった人達が、その今から三十七年後の地方の中堅人士となっているのである。三十七年と云えば大して長くも聞こえないが、日数にすれば一万三千五百五日である。その間に朝日夕日は一万三千五百五回ずつ平和な浜辺の平均水準線に近い波打際を照らすのである。

 津浪に懲りて、はじめは高い処だけに住居を移していても、五年たち、十年たち、十五年二十年とたつ間には、やはりいつともなく低い処を求めて人口は移って行くであろう。そうして運命の一万数千日の終りの日が忍びやかに近づくのである。鉄砲の音に驚いて立った海猫が、いつの間にかまた寄って来るのと本質的の区別はないのである。

 これが、二年、三年、あるいは五年に一回はきっと十数メートルの高波が襲って来るのであったら、津浪はもう天変でも地異でもなくなるであろう。

 風雪というものを知らない国があったとする、年中気温が摂氏二十五度を下がる事がなかったとする。それがおおよそ百年に一遍くらいちょっとした吹雪ふぶきがあったとすると、それはその国には非常な天災であって、この災害はおそらく我邦の津浪に劣らぬものとなるであろう。何故かと云えば、風のない国の家屋は大抵少しの風にも吹き飛ばされるように出来ているであろうし、冬の用意のない国の人は、雪が降れば凍こごえるに相違ないからである。それほど極端な場合を考えなくてもよい。いわゆる颱風たいふうなるものが三十年五十年、すなわち日本家屋の保存期限と同じ程度の年数をへだてて襲来するのだったら結果は同様であろう。

 夜というものが二十四時間ごとに繰返されるからよいが、約五十年に一度、しかも不定期に突然に夜が廻り合せてくるのであったら、その時に如何なる事柄が起るであろうか。おそらく名状の出来ない混乱が生じるであろう。そうしてやはり人命財産の著しい損失が起らないとは限らない。

 さて、個人が頼りにならないとすれば、政府の法令によって永久的の対策を設けることは出来ないものかと考えてみる。ところが、国は永続しても政府の役人は百年の後には必ず入れ代わっている。役人が代わる間には法令も時々は代わる恐れがある。その法令が、無事な一万何千日間の生活に甚だ不便なものである場合は猶更なおさらそうである。政党内閣などというものの世の中だと猶更そうである。

 災害記念碑を立てて永久的警告を残してはどうかという説もあるであろう。しかし、はじめは人目に付きやすい処に立ててあるのが、道路改修、市区改正等の行われる度にあちらこちらと移されて、おしまいにはどこの山蔭の竹藪の中に埋もれないとも限らない。そういう時に若干の老人が昔の例を引いてやかましく云っても、例えば「市会議員」などというようなものは、そんなことは相手にしないであろう。そうしてその碑石が八重葎やえむぐらに埋もれた頃に、時分はよしと次の津浪がそろそろ準備されるであろう。

 昔の日本人は子孫のことを多少でも考えない人は少なかったようである。それは実際いくらか考えばえがする世の中であったからかもしれない。それでこそ例えば津浪を戒める碑を建てておいても相当な利き目があったのであるが、これから先の日本ではそれがどうであるか甚だ心細いような気がする。二千年来伝わった日本人の魂でさえも、打砕いて夷狄いてきの犬に喰わせようという人も少なくない世の中である。一代前の云い置きなどを歯牙しがにかける人はありそうもない。

 しかし困ったことには「自然」は過去の習慣に忠実である。地震や津浪は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである。紀元前二十世紀にあったことが紀元二十世紀にも全く同じように行われるのである。科学の方則とは畢竟ひっきょう「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。
 それだからこそ、二十世紀の文明という空虚な名をたのんで、安政の昔の経験を馬鹿にした東京は大正十二年の地震で焼払われたのである。

 こういう災害を防ぐには、人間の寿命を十倍か百倍に延ばすか、ただしは地震津浪の週期を十分の一か百分の一に縮めるかすればよい。そうすれば災害はもはや災害でなく五風十雨の亜類となってしまうであろう。しかしそれが出来ない相談であるとすれば、残る唯一の方法は人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するより外はないであろう。

 科学が今日のように発達したのは過去の伝統の基礎の上に時代時代の経験を丹念に克明に築き上げた結果である。それだからこそ、颱風が吹いても地震が揺ゆすってもびくとも動かぬ殿堂が出来たのである。二千年の歴史によって代表された経験的基礎を無視して他所よそから借り集めた風土に合わぬ材料で建てた仮小屋のような新しい哲学などはよくよく吟味しないと甚だ危ないものである。それにもかかわらず、うかうかとそういうものに頼って脚下の安全なものを棄てようとする、それと同じ心理が、正しく地震や津浪の災害を招致する、というよりはむしろ、地震や津浪から災害を製造する原動力になるのである。

 津浪の恐れのあるのは三陸沿岸だけとは限らない、寛永安政の場合のように、太平洋沿岸の各地を襲うような大がかりなものが、いつかはまた繰返されるであろう。その時にはまた日本の多くの大都市が大規模な地震の活動によって将棋倒しに倒される「非常時」が到来するはずである。それはいつだかは分からないが、来ることは来るというだけは確かである。今からその時に備えるのが、何よりも肝要である。それだから、今度の三陸の津浪は、日本全国民にとっても人ごとではないのである。

 しかし、少数の学者や自分のような苦労症の人間がいくら骨を折って警告を与えてみたところで、国民一般も政府の当局者も決して問題にはしない、というのが、一つの事実であり、これが人間界の自然方則であるように見える。自然の方則は人間の力では枉まげられない。この点では人間も昆虫も全く同じ境界きょうがいにある。それで吾々も昆虫と同様明日の事など心配せずに、その日その日を享楽して行って、一朝天災に襲われれば綺麗にあきらめる。そうして滅亡するか復興するかはただその時の偶然の運命に任せるということにする外はないという棄すて鉢ばちの哲学も可能である。

 しかし、昆虫はおそらく明日に関する知識はもっていないであろうと思われるのに、人間の科学は人間に未来の知識を授ける。この点はたしかに人間と昆虫とでちがうようである。それで日本国民のこれら災害に関する科学知識の水準をずっと高めることが出来れば、その時にはじめて天災の予防が可能になるであろうと思われる。この水準を高めるには何よりも先ず、普通教育で、もっと立入った地震津浪の知識を授ける必要がある。英独仏などの科学国の普通教育の教材にはそんなものはないと云う人があるかもしれないが、それは彼地には大地震大津浪が稀なためである。

 熱帯の住民が裸体はだかで暮しているからと云って寒い国の人がその真似をする謂いわれはないのである。それで日本のような、世界的に有名な地震国の小学校では少なくも毎年一回ずつ一時間や二時間くらい地震津浪に関する特別講演があっても決して不思議はないであろうと思われる。地震津浪の災害を予防するのはやはり学校で教える「愛国」の精神の具体的な発現方法の中でも最も手近で最も有効なものの一つであろうと思われるのである。

 (追記) 三陸災害地を視察して帰った人の話を聞いた。ある地方では明治二十九年の災害記念碑を建てたが、それが今では二つに折れて倒れたままになってころがっており、碑文などは全く読めないそうである。またある地方では同様な碑を、山腹道路の傍で通行人の最もよく眼につく処に建てておいたが、その後新道が別に出来たために記念碑のある旧道は淋さびれてしまっているそうである。それからもう一つ意外な話は、地震があってから津浪の到着するまでに通例数十分かかるという平凡な科学的事実を知っている人が彼地方に非常に稀だということである。前の津浪に遭った人でも大抵そんなことは知らないそうである。
(昭和八年五月『鉄塔』)

初出:「鉄塔」1933(昭和8)年5月1日 ※初出時の署名は「尾野倶郎」。※単行本「蒸発皿」に収録。
底本:「寺田寅彦全集 第七巻」岩波書店 1997(平成9)年6月5日発行、底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店1985(昭和60)年

本随筆を参照したネット人気記事です:http://www.alterna.co.jp/7897
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# by tikyuu_2006 | 2012-01-15 21:04 | これからの日本

崩壊するエネルギー基盤、世界はその先に何を見るのか その2/2

石井吉徳 2011年12月13日 10:05

5.環境問題も国際的利害が影響、もっと本質的に考えないと
地球温暖化に対しても、低炭素社会ではなく「低エネルギー社会」の推進
低エネルギーは「脱浪費」であり、結果として化石燃料の使用を減らします。資源が有限であると認識すれば、経済成長を前提にした低炭素社会は矛盾だと分かります。

たとえばCCS(二酸化炭素貯留)とは、石炭火力発電所などから生じる二酸化炭素を空気中に出さず地中や水中に貯留する対策ですが、そのためには必ずエネルギーが必要ですから、トータルとしてエネルギー使用量は増えます。そして石炭も有限です。

技術の進歩がエネルギー問題や温暖化を解決するのではありません。省エネルギー技術がかえってエネルギー消費を増やすという「ジェボンズのパラドックス」も忘れてはいけません。まずは地球が有限であること、そして資源は量ではなく質である、と認識することが大切です。

繰り返します、いま地球は寒冷化していると科学的なデータが示しています。IPCC信奉者の意見だけでは判断を誤ります、国益に沿いません。国際社会は食うか食われるか、心したいものです。

これからの日本、脱浪費、「もったいない」社会の構想
先ずエネルギー消費を減らすことです。出来るだけクルマに乗らず自転車に乗る。徹底的に浪費を減らし、無駄をはぶくのです。

なにも江戸時代に戻らなくとも良い。1970年代の日本は、人口は1億人でしたが、エネルギー消費量は今の半分、食料自給率は60%もあったのです。

今は、消費者と生産者間の流通企業や食料加工業が大きな利益を得ています、そして大量の石油を消費します。地域のものを地域で消費すれば、消費者も余計なお金を使わなくてすむ、エネルギーの無駄も減ります。

温暖化対策も低炭素と考えるから、本質が見えにくく、理解が交錯するのです。膨大な温暖化対策の税も、それに群がる産官学の権益構造にながれます。それを「低エネルギー社会」を目標にするのです。3・11後はさらに緊急の対策になりました。それは真に効果的な温暖化対策なのです。

石油減耗時代、脱原発時代は、今までのようなエネルギー浪費型社会は持続しません、それは自然エネルギー社会の構想について言えます。

6.意外に知られない、地球温暖化の科学
地球科学者は,地球の気候が太古から変化してきたことを常識として知っています。そして地球、自然を知るには先ず観測が基本原則と思っています。ところが最近、コンピュータのシミュレーション・モデルで研究する工学系の研究者が多くなってきました。これは学問の進歩と歓迎すべきですが、あくまでも自然観測からの事実、データが優先されるべきでしょう。

IPCCを盲信しない、先ず自分で考える
名古屋産業大学の小川克郎氏は、今地球は寒冷化していると述べています。 過去、1882-2009(世界規模で気温観測が始まったのは1882)の地球気温と、大気中の二酸化炭素濃度の変化を調べています。地球気温変化に与える影響ーこの場合はノイズーが大きい都市ヒートアイランド効果を取り除く為に、人口1000人以下の452観測点ーNASA/GISS気温データベース全体7292観測点の内ーしか使っていません。

その結果は温暖化の常識と反したものでした。二酸化炭素が継続的に上昇しているにも関わらず、2002年以降著しい気温下降が見られる、この気温下降が続くと、20世紀後半ー1970年頃以降ーの気温上昇、つまり巷で言われているいわゆる地球温暖化のストックは、今後数年で使い果たすことになる、もし更にこのまま下降が続けば、19世紀の寒冷な時代に逆戻りする可能性があるというのです。

これより先に、アラスカ大学の赤祖父俊一氏の温暖化予測(現代化学2009年5月別刷)もIPCCとかなり違うと述べています。小氷期からの回復過程の上に、数十年の準周期変動が重なった傾向があるというのです。そして今は温暖化は止まり、むしろ下降傾向、2008年の気温は増加トレンドから下降するとの見解です。これは注目に値します。

このような科学的な見解は、今後の温暖化対策、国際的な交渉に大いに参考にすべきではないでしょうか。今、日本に必要なことは「真の科学」です、単純に欧米追従せず自分で考えるべきと思います。

日本の自然と共存する「日本のプランB」
これからは自然と共存する分散社会、地産地消の時代です。食料生産者も中間業者に価格を左右されない自立が求められます。自然エネルギーも無駄のない脱浪費社会の構築が前提でしょう。

その上で、日本列島の地勢・自然を理解し合理的に共存するのです。日本は山岳地帯が多く平野が少なく、降雨量が多い国です。河川は急流ですから小水力に向く地勢です。海岸線の長さは世界第6位なのです。漁業に向くだけでなく水運にも有利です。自然の恵みを活かすにも地方重視、分散が欠かせません。

著名なレスター・ブラウンは以前から「プランB」を提唱していますが、これは大陸の発想です。本来必要なプランは、それぞれの地域の自然と共存すべきです。欧米のプランをそのまま導入するのではなく、日本の自然に最も適した「日本のプランB」を工夫するのです。そして低エネルギー、脱浪費社会を目標とするのです。

滋賀県の嘉田由紀子知事は、自然と共存する「2030年の滋賀・琵琶湖モデル」を打ち出しました。地元の新鮮な産物を買い、自家菜園を作り、クルマに乗らず自転車に乗る。そして琵琶湖を使った舟運を提唱します。江戸時代は人や物を運ぶメインの運輸は船、琵琶湖は運輸の中心でした。そうした地域の自然やコミュニティの力を活用した自然共生型の社会を目指しています。

嘉田さんは「おしっこ、うんちの話を食事の時でもする」と仰っています。つまり江戸時代は糞尿を肥料として畑に戻しており、これが本来のリサイクルの原点だと言うのです。

今は循環型社会のポイントを3R「減量Reduce、再利用Reuse、リサイクルRecycle」と呼びますが、日本が力を入れているのは多くは最後のリサイクルのRです。廃棄した物質を、有用な資源として活用するゼロエミッションは盛んに宣伝されますが、ゼロエミッション社会は、逆に言えばエネルギー無限大の社会となる怖れがあります。

全ての物質は分散、拡散、劣化してゴミになります。それはエントロピーが増えるということです。この自然の流れを逆に回して物質の質を向上させる、つまりエントロピーを下げるには、必ずクオリティの高いエネルギーが必要です。「おしっこ、うんち」の話は、人間が自然の恵みで生る原点に戻ろう、との象徴的な言葉です。

未だに地球が有限ということがわからず、資源の質も技術で何とかなる、と思っている人が多いです。たしかに現代技術では、原子・分子レベルで何でもできますが、それは無限にエネルギーを使えることが前提です。石油のインフラを無意識に使っているから、限界に気づいていないのです。

(石井吉徳)
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効率優先でない地産地消型の社会は、雇用を産みます。在来型の工業化社会はリストラ、非正社員など、人間を不要とする傾向を助長しました。そして現在の石油浪費型社会は、一人の人間に60人のエネルギー奴隷が付いている勘定なとなるのです。これでは社会で失業が増えるのはむしろ当然でした。

そして今の格差社会では、若者の失業率が高くなる傾向があります。職に就けない若者、その上で高騰する食料価格、これでは若者の不満は増大し、社会は不安定となります。これは世界的な傾向といえます。

今はネット時代、紙(新聞、雑誌)、電波(ラジオ、TV)に加えて第三のメデイア、双方向のネット情報社会が形成されています。それを格差社会下位の若者が不満を共有する時代となりました。しかも社会の資源制約、石油減耗が顕在化してきました。時代の一大変革期が始まっていたのです。そこに日本は3・11を迎えました。

7.3・11東日本大震災、原発神話が崩壊、そして招いた電力危機と放射能汚染
3・11の震災、津波は想定外だったかもしれませんが、福島原発の事故は人災としか言いようがないでしょう。緊急電源の設置場所が海岸側、しかも津波到来後の重なる不手際、原発は絶対安全という心の緩み、リスク感覚が欠如していました。

東日本大震災では大勢の人が津波で亡くなりました。「天災は忘れた頃にやってくる」で知られる地球物理学者、寺田寅彦は「地震が来てから津波は数十分後に来る」とのべています。この常識さえ知っていれば、あれほどの悲劇とはならなかった、痛恨の思いです。

効率優先のマネー資本主義、経済競争至上の社会を築いてきた日本ですが、それは庶民の幸せにはつながっていませんでした。すでに述べましたが格差は拡大し、若者の失業率が高いのです。

今の経済成長、GDPで計る経済成長は安い石油、豊富な資源供給で支えたのですが、それが限界にあること、改めて思い起こす必要があります。

そして不況です。借金をして経済浮揚せよとの大合唱、経済界はまだ使えるものを捨てさせようと浪費を強要します、それには成算がありません。石油減耗時代にはいっているのですから。成長の終わりの始まり、といってよいでしょう。もう時代は根底から変わったのです。

脱浪費、自然と共存、「もったいない」を志す日本型社会
「もったいない」で世界に範をしめしたいものです。私は2006年、もったいない学会を設立し、皆さんと「日本のプランB」を提唱してきました。日本の国土、自然を有効利用する戦略です。アメリカの真似ではなく、日本の自然と共に生きるプランBです。この「B」とは、今が「A」、「C」が恒久的なプランで、Bとは変わり行く事態にどう対応するか、次の一手は、という意味でもあります。

そこで改めて日本ですが、あまり知られていませんが、日本の海岸線の長さは世界の6番目です。大陸でない島国ですから山岳は70%もあります。そして気候帯としては多雨のアジアモンスーン地帯、水は豊富です。

このように見てくると、アメリカ大陸の石油漬け大規模農業を手本としてはならない、石油減耗時代はこの政策は改める必要があります。石油依存の効率優先型では無く地域分散型の、食料、エネルギーの地産地消が望まれます。徹底した「低エネルギー社会」を目指すのです。価値観もマネーでなく人の絆を大事にする、もったいない社会の構築です。これは雇用を生むはずです。
(Colin Campbell 人間一人が60人のエネルギー奴隷をかかえる勘定)
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3・11で学びましたが、地震、台風は多い日本列島で生きるには、欧米とは違うリスク感覚は必須でした。

石油減耗時代の日本、これからどうするかです。その考えの原点を改めて整理します。エネルギーが文明の形を決めます、そこで重要なことはエネルギーを得るための効率を考えること、エネルギー収支比、EPRでエネルギーを評価する習慣をつけるのです。それが低いエネルギーでは文明が支えられません。

最近、自然エネルギーの利用が話題ですが、自然エネルギーは一般に質が低く、石油に取っては代われないのです。分散している自然エネルギーを集めるには、またエネルギーが要るからです。

そこで無理に集めようとしないで、分散したまま使うのがポイントです。太陽エネルギーは人類が使うエネルギーの一万倍と、よく専門家が言いますがそれは間違いです。集めるのに質の良いエネルギーが必要だからです。

同じことが食料の地産地消にも言えます。消費者は食糧に全国約70兆円も払っていますが、農漁業の生産者、そして輸入食糧へはそれぞれ約10兆円、残り50兆円は生産とは関係のない所で使われます。これでは生産者が大変です。最も苦労する人々が潤いません。今若者が農業を敬遠する最大の理由はここにあるのでしょう。この構造を地方分散、地産地消型に変えるのです。

そして電気、石油エネルギーを出来るだけ使わないようにする、自動車もあまり乗らず自転車に乗る。ペットボトルやアルミ缶を使わない、ペットボトルもリサイクルせずに、そのまま上手に燃やすのが合理的です。

飼料を多くやらなければならない牛肉は、なるべく食べない。養殖マグロではなくイワシのような小魚を食べる。1970年頃、エネルギー消費は今の半分でしたが、心はより豊かだったと思います。もはや江戸時代に戻ることはできません。しかし、低エネルギー社会は作り出せると思います。

江戸時代を、明治以降リーダは卑下してきましたがそれは間違い、と江戸研究の石川英輔氏は述べます。そして江戸時代の日本人はむしろ独創的だった、ようです。浮世絵などはヨーロッパ絵画に大きな影響を与えました。また江戸の社会の治安のよさ、人の絆の深さは欧米にないことである、と日本に在留した欧米人はむしろ感銘しているのです。それを明治近代化で忘れ去った、むしろ卑下したのです。これはその後の日本のリーダの大きな誤解でした。 もうそれを改めないと、3・11後の社会創造は叶いません。

安く豊かな石油が支えた、浪費型のGDP成長主義はもう時代遅れです。経済の無限成長、年率%とは幾何級数的成長のことです。この膨張主義はもう終わりにしなければなりません。有限地球で永続しないのです。資源制約、限りある自然に住む人間、我々だけが永遠に膨張できる筈は無いのです。「無いものねだり」をする文明は崩壊するしかないのです。文明崩壊の歴史が教えます。

世界の範となる「3・11後のPlan B」を考える
3・11日、東日本を大震災が襲いました、そして大津波です。それが福島原発の未曾有の事故となりました。世界で始めて、4基もの原子炉が崩壊したのです。
そこで前述の日本のプランBを見直しました。しかし大幅に変える必要はありませんでした。脱浪費、もったいない、が原理原則、原点でしたから。

3.11後のプランBを項目的に、
1)脱石油、原発依存社会の構想、自然エネルギーもEPRで評価、リアリズムの重視
2)有限地球観、自然共存の地方分散社会,世界6位の海岸線、山岳75%、立体農業を
3)脱欧入亜、脱グローバリズム、GDPからGPI,マネー主義は終焉
4)低エネルギー社会、少子化ほど有利、年長者も働ける社会の構築
5)石油ピークは流体燃料危機、脱車社会で鉄路、公共運輸の重視、自転車の利用
6)先ず減量、循環社会のReduce(減量 Reuse(再利用)Recycle(リサイクル)最初のR
7)効率優先主義の見直し集中から地域分散、自然と共存、地産地消で60倍の雇用創出
8)GDP成長より心豊かに、もったいない、ほどほどに、人の絆を重ずる社会の構築

これからは経済指標も考え直す必要があります。
GDPからGPI:Genuine Progress Indicator(真の進歩指標)など、産業のための指標から国民のための指標を採用するのです。GDPはマネーの大きさを表すだけですから、社会が不安定となり犯罪が増え刑務所をどんどん作ればGDPが増大します。産業が自然破壊し、それを修復すればGDPはまた増えます。
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このようにGDPでは人の幸せ基準にしません、マネーで幸福は買えないといってもよいでしょう。GPIはそれを勘定に入れます。これからの国民優先社会の指標です。

人類は大きな岐路にあります、石油ピーク、そして減耗時代だからです。そこで自然エネルギーが期待されます。でも太陽エネルギーは人類が使う一万倍と、量は膨大といっても質は低いので、集めるのが大変、エネルギーも要ります。そして間歇的、不安定ですから、全て100%というわけに行きません。いろいろなエネルギーを共用する、そのベスト・ミックスを考える必要があります。そして社会の大前提、徹底した脱浪費、分散型の「低エネルギー社会」を構築することです。

成長願望は放棄する、人の幸せは何かと、本気で考えるのです。本来、有限地球で化石燃料社会は一過性でした、これからは真に持続的な文明とは何か、を模索するのです。
いろいろな新エネルギー、非在来型のシェールガスなとが話題ですがその意味もよく考える必要があります。
(原図 K.Hubbert 1956)
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8.再び3.11を招かないために、寺田寅彦の「津浪と人間」1933年著を改めて理解したい
かなり前に地球物理学者、寺田寅彦((1878~1935) は「天災は忘れた頃にやってくる」と警告したとのことです。随筆「津浪と人間」には、自然を畏敬することの大切さを強調しています。それは3・11の東日本大震災にも通じる警告でした。

全文は(1)URLに、骨子を次に抜粋しました。

昭和八年三月三日の早朝に、東北日本の太平洋岸に津浪が襲来して、沿岸の小都市村落を片端から薙なぎ倒し洗い流し、そうして多数の人命と多額の財物を奪い去った。明治二十九年六月十五日の同地方に起ったいわゆる「三陸大津浪」とほぼ同様な自然現象が、約満三十七年後の今日再び繰返されたのである。

ここで「今日」とあるのは1933年のことですが、その悲劇がが2011年3月11日、再び繰り返されたのです。続けます。

こんなに度々繰返される自然現象ならば、当該地方の住民は、とうの昔に何かしら相当な対策を考えてこれに備え、災害を未然に防ぐことが出来ていてもよさそうに思われる。これは、この際誰しもそう思うことであろうが、それが実際はなかなかそうならないというのがこの人間界の人間的自然現象であるように見える。

この寺田の言葉は淡々としているだけに、かえって胸が痛みます。そしで政府に何ができるか、次のように述べます。

さて、個人が頼りにならないとすれば、政府の法令によって永久的の対策を設けることは出来ないものかと考えてみる。ところが、国は永続しても政府の役人は百年の後には必ず入れ代わっている。役人が代わる間には法令も時々は代わる恐れがある。その法令が、無事な一万何千日間の生活に甚だ不便なものである場合は猶更なおさらそうである。政党内閣などというものの世の中だと猶更そうである。

災害記念碑を立てて永久的警告を残してはどうかという説もあるであろう。しかし、はじめは人目に付きやすい処に立ててあるのが、道路改修、市区改正等の行われる度にあちらこちらと移されて、おしまいにはどこの山蔭の竹藪の中に埋もれないとも限らない。そういう時に若干の老人が昔の例を引いてやかましく云っても、例えば「市会議員」などというようなものは、そんなことは相手にしないであろう。そうしてその碑石が八重葎やえむぐらに埋もれた頃に、時分はよしと次の津浪がそろそろ準備されるであろう。

そして寺田は、自然現象の本質に迫ります。

しかし困ったことには「自然」は過去の習慣に忠実である。地震や津浪は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである。紀元前二十世紀にあったことが紀元二十世紀にも全く同じように行われるのである。科学の方則とは畢竟ひっきょう「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。

それだからこそ、二十世紀の文明という空虚な名をたのんで、安政の昔の経験を馬鹿にした東京は大正十二年の地震で焼払われたのである。


さらに、これは大都市災害でも変わりはないと、あたかも東京、太平洋沿岸など、一般的な天災、危機を、まるで予測するかのように語ります。

津浪の恐れのあるのは三陸沿岸だけとは限らない、寛永安政の場合のように、太平洋沿岸の各地を襲うような大がかりなものが、いつかはまた繰返されるであろう。その時にはまた日本の多くの大都市が大規模な地震の活動によって将棋倒しに倒される「非常時」が到来するはずである。それはいつだかは分からないが、来ることは来るというだけは確かである。今からその時に備えるのが、何よりも肝要である。

それだから、今度の三陸の津浪は、日本全国民にとっても人ごとではないのである。

最後に追記として自然の摂理を。地震が起こってから津浪の来るまでの時間は通例数十分を要するという事実、これを今回、東日本の人々が知っていたら、あれほど大勢の方が命を落とさなかった、と痛恨の思いです。

(追記) 三陸災害地を視察して帰った人の話を聞いた。ある地方では明治二十九年の災害記念碑を建てたが、それが今では二つに折れて倒れたままになってころがっており、碑文などは全く読めないそうである。またある地方では同様な碑を、山腹道路の傍で通行人の最もよく眼につく処に建てておいたが、その後新道が別に出来たために記念碑のある旧道は淋さびれてしまっているそうである。それからもう一つ意外な話は、地震があってから津浪の到着するまでに通例数十分かかるという平凡な科学的事実を知っている人が彼地方に非常に稀だということである。前の津浪に遭った人でも大抵そんなことは知らないそうである。(昭和八年五月『鉄塔』)

(1)http://www.shiftm.jp/show_blog_item/110

9. あとがき「天災はまた繰り返される」か、いずれ来る関東震災、東京一極集中のリスク
地震は執拗に、保守的にその習慣を忘れずにやってくる。それを人間はすぐ忘れる。そして文明が高度化すると、益々災害に脆弱になる。地球上、地震、台風が繰り返しやってくる災害大国の日本だが、江戸時代まではその危険を忘れなかった。古い宿場はいつも残った、神社も決して災害の歴史、経験を忘れず、安全なところに作られていた。3・11の結果、それを改めて自然科学者は思い知らされている。

だが明治以来の技術過信近代人間は、地震の少ない欧米文明をただ信奉し、鉄道なども災害も考えず、ただ引いた。そして作られた停車場、その周辺の集落、町だった。関東大震災後、寺田は横浜から鎌倉まで踏査し、そのような停車場とその周辺を、自然が選んだように破壊しているのを見て、自然軽視、技術過信の文明を警告する。人間は益々災害に弱い社会を作る、脆弱性は「文明の進歩」とともに拡大、加速すると述べている。

正にそうだ、と思うしかない。東京、首都圏への機能集中化、高層化、国家中枢の過密集約化、恐ろしいほどである。関東大震災はいずれ必ずくる、自然の習慣は執拗にくり返される、文明進歩と共にその被害規模を拡大して。

地方分散は、その意味でも不可欠である、危険は分散するしかない。自然は人間の被害などかまってくれないが、技術過信人間にはそれがわからない、おそらくこれからも。
3・11では、加えて今までの歴史にはなかったことが起こっている。原発の大災害だが、それも「自ら招いた」のである。一箇所集中の原発群、安全神話を国民に押し付けながら、いつの間にか自らも信じ込んで、愚かにも地元は、落とされる膨大なお金に目がくらんだ。

以上が私が今まで述べてきた警告ですが、寺田寅彦がかって嘆いたように、無視されるかも知れませんが、記憶にお留め置き下さい。

プロフィール いしい・よしのり             
東京大学名誉教授、「もったいない学会」会長、工学博士。1955年、東京大学理学部物理学科(地球物理学)卒業、帝国石油、石油開発公団などに16年間、東京大学工学部23年間(資源開発工学科助教授、教授)。93年退官、名誉教授。国立環境研究所副所長を経て96年から98年まで所長。その後、富山国際学園特命参事・同大学教授を経て、2006年もったいない学会設立、会長。

著書に『エネルギーと地球環境問題』(愛智新書)、『石油最終争奪戦』、『石油ピークが来た―崩壊を回避する「日本のプランB」』、『知らなきゃヤバイ! 石油ピークで食糧危機が訪れる』(いずれも日刊工業新聞社)など

NPO法人 もったいない学会 http://www.mottainaisociety.org/
問い合わせ guest@mottainaisociety.org
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# by tikyuu_2006 | 2011-12-19 08:47 | これからの日本