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最近、地球温暖化が止まった、という「科学的な事実」がある

 アラスカ大学、福田正巳教授(元北大低温研)からメールで頂いた、赤祖父先生の短文をご紹介します。最初のFairbanksの気温変化図は福田氏から、次の温暖化と化石燃料消費の図は赤祖父氏が「もったいない学会」サロン講演会、東京で使われたもの。そして黒点なしの太陽(2008.8.30)。 いずれも私がご参考に挿入、付記。
 世界恐慌の危機と地球温暖化
 ご自分で思索されるためのご参考に。 
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「温暖化が止まった」      アラスカ大学 赤祖父俊一

 地球平均気温は1800?1850年頃から連続的に上昇してきた。その上昇率は0.5℃/100年であった。このことは上昇は炭酸ガスにほとんど関係がないということである(炭酸ガスが急激に増加し始めたのは1946年からである。すなわち、炭酸ガス急増 の100年前からほとんど同じ上昇率であるということである)。ところが、この上昇が2001年 頃より止まっている。炭酸ガス放出は依然として上昇しているにもかかわらずである。国際気候変動パネル(IPCC)によれば気温は上昇し続けているはずであるので、 気温上昇は大部分炭酸ガスの温室効果によるとする彼らの仮定が過っている可能性が高い。IPCCのどのシミュレーションも温暖化が止まるという例はない。上昇が止まって降下ぎみということは「温室効果より大きい何か」が作用しているということである。この「何か」は自然変動しかない。
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 筆者は過去1000年からの自然の(すなわち人類が放出している炭酸ガスに無関係の)気候変動の研究から、今までの気温上昇の大部分は地球が1400年から1800年頃まで経験した「小氷河期」からの回復(すなわち温暖化、変化率=0.5℃/100年) によるということを主張してきた。この回復に乗って約30?50年周期の自然変動(準周 期変動と呼ぶ)もあり、この変動は1975年からポジティブであり、2000年頃ピークになっていた。この準周期変動がピークを過ぎてネガティブになり始めている。(IPCCは、この1975年からのポジティブの変化は大部分炭酸ガスにおる温室効果であるとした。) この準周期変動の変化率は0.1℃/10年以上であるので、短期間(50年程度)では、この影響が気温変化を大きくコントロールする。これが原因で温暖化が止まった可能性が高い。この準周期変動の振幅は北極圏で非常に顕著であるのでわかりやすい。 過去ではこの準周期変動は1910年から1940年頃までポジティブであり1940年から1975年までネガティブであった(炭酸ガスの放出量が1946年から急速に上昇したにもかかわらず)。IPCCは1910年から1940年までの自然変動を十分研究せず、特に1975年からの上昇を炭酸ガスによるとした。したがって、2000年後も上昇を続けるはずであるにもかかわらず、気温上昇が止まってしまったということは(炭酸ガスの放出量は現在も増加しているにもかかわらず)、1975年からの上昇は自然変動(主として準周期変動)による可能性が高い。しかも準周期変動であるためネガティブになり得る。 そのため2000年後温暖化が止まり、その後、ネガティブになりつつある可能性 が高い。 ここで注意すべきことは、IPCCが2000年までの気温上昇が炭酸ガスによるとしたのは仮説にすぎないということである。彼らがその仮説をスーパー・コンピュータにより証明しようとするのはわかるが、いつの間にかこの仮説が「事実」にすり替えられてしまってきた。事実であるという観測的確証はない。このすり替えが地球温暖化問題を世界の三重大問題にし、将来の大災害が本当に起きるとして報道されてきたのである。
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 それでは太陽活動は、地球温暖化、およびこの温暖化が止まったことに関係あるの であろうか。現在太陽は「冬眠中」である。黒点周期23はすでに2年ほど前に終わり、 2007年から周期24が始まっているにもかかわらず、2008年1月に一つの黒点が太 陽の北半球の高緯度に現れたにもかかわらず、その後消えてしまったようである(新しい黒点周期は黒点が高緯度に現れることで始まる)。現在光球面でははっきり見える黒点はない。最近、太陽風も過去50年最低のレベルという報告もある。周期24が遅れているだけのことかもしれないが、気になることである。
 それでは過去に長期間太陽黒点が現れないことがあったであろうか。実は過去1650年頃から1700年の初期まで黒点がほとんど現れなかった期間があった。この期間を1900年の始めの頃活躍した英国の天文学者モンダーの名をとって「モンダー・ミニマム」と呼んでいる。
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The record-setting surface of the sun. A full month has gone by without a single spot (Source: Solar and Heliospheric Observatory (SOHO))

 太陽黒点と光球面から光線によって運ばれるエネルギーには関係がある。黒点が黒く見えるのは、温度が低いためである。したがって黒点が多いときはこのエネルギーは少ないと考えられていた。それを研究する人工衛星が1980年代に打ち上げられた。 予想に反して、逆であった。太陽黒点の数が多い時期の方が、太陽が発するエネルギーは高いことがわかった。黒点が多い時の方が太陽の活動が活発であるということである。黒点周期で変化する量は全量の0.1パーセントほどであり、モンダー・ ミニマムから現在までの増加は0.5パーセントほどであるとされている。モンダー・ミ ニマムは1400年頃より1800年頃まで続いた小氷河期中に起きたため、小氷河期は太陽の不活発が原因ではないかという説がある。

 そして、その後太陽が活発になり始めた1800年頃からの地球温暖化、すなわち小氷河期からの回復である、とする論もある。しかし、太陽黒点の変化と気候変化の相関はあまりよくない。むしろ、周期が正確に11年ではなく、変わることが気候変動に関係しているという研究結果もある。 さらに、IPCCの計算によると、このエネルギー増加は温暖化にあまり寄与していないようである。もっともIPCCは「現在の温暖化は炭酸ガスによる」と主張したいので、太陽の影響を少なく見積もりたかったのかもしれないので、この計算をもう一度やり直した方がよいのではないかと思う。0.1?0.5パーセントと言っても膨大な エネルギー量のことである。太陽からのエネルギーは光球面からのエネルギーだけではない。太陽風も光のエネルギーに比較すると極めて少ないが粒子がエネルギーを運び出している。太陽風は地磁気嵐を起こすことから地磁気嵐と気候変動の研究が100年近くも行われてき た。しかしこの間には簡単な相関関係が見られないため、結論が出ていない。地球磁気嵐は高さ100キロメートル以上の超高層の温度を高くするが、これが成層圏や対流圏まで伝わる可能性は極めて少ない。黒点の11年周期で紫外線が大きく変動し、電離層やオゾン層に影響を及ぼす。その変化が対流圏に及ぶかどうかはわかっていない。これからの研究が必要である。
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 一方、宇宙から降り注ぐ宇宙線が比較的低い雲を作る可能性があるらしい。地磁気嵐を起こす太陽風嵐は「磁気雲」と呼ばれ、太陽系外から侵入する宇宙線を遮蔽する傾向があるので、太陽活動と気候が複雑に関係しているとする理論もある。  このように気候変動と太陽活動との関係はまだ結論に至っていない。 ついでではあるが、オーロラはモンダー・ミニアムでも見られたことがわかっている。現在太陽が冬眠中にもかかわらず今秋オーロラは起きている。黒点とオーロラは良い相関関係があるということになっているが、黒点は強い磁場を持っており、太陽風は磁場を横切って吹けないので、むしろ太陽風を邪魔している。太陽面には時折ほとんど黒点のない比較的大きな領域が現れ、その場所から強い太陽風が吹き出している。この領域はX線の映像ではコロナが黒く見えるのでコロナ・ ホールと呼ばれる。モンダーは1905年にこの太陽風の領域を発見している。黒点がない領域が現れると地磁気嵐が起きることをつきとめた。ただし、黒点付近で大きな爆発が起きると太陽風は突風となって黒点磁場を突き破って吹くことができる。その強い突風が吹いてくるとオーロラが非常に活発になり、中緯度地帯(人口が多い)で見られる。そのため黒点とオーロラは良い関係があるということになっている。しかし、中緯度と異なり65°以上の高緯度ではオーロラは頻繁に見ることができる。しかし、黒点が現れ、そこで爆発が起きないとオーロラの活動はかえって弱くなる。オーロラと気候は直接の関係はない。

 地球の気候の変動と太陽活動の関係は今後も研究を強力に続ける必要がある。この研究はIPCCのように政治を混ぜたものであってはならない。とにかく、温暖化が止まってしまったということは、今までの炭酸ガス騒ぎは一体何であったのか。地球平均気温上昇が止まってしまったことで炭酸ガスによる温室効果説の正当性が崩されてしまった。IPCCは温室効果論で巧妙に世界の学者の「意見の一致」を生み出し、学問であるにもかかわらず、批判を極力避け、反対意見者を懐疑者としてきた。科学者は一般市民の気候学への不信、いや科学全体への不信感を与えてしまった。科学者が不完全な理論をもとにして政治問題にかかわることは、今後絶 対に止めるべきである。
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by tikyuu_2006 | 2008-10-24 13:12 | ご存知ですか?

経済恐慌とアメリカ、エネルギー投資銀行会長の「プランB]: アメリカ文明の終焉

最近の経済恐慌をふまえて、ブッシュ大統領のエネルギー顧問として知られる、アメリカのエネルギー投資銀行の会長、ピークオイル論で著名なM.Simmonsが、これからの生存、生きる道についての深刻な見解を、「ポスト・ピークオイル世界を、どう生き抜くか:How to Survive and Thrive in a Post-Peak Oil World」とエネルギーを専門とする若者にむけて述べています。

とてもクールな内容で、石油ピークをリーダ達が認めない理由も、詳しく述べます。ついでながら、今年のASPO(The Association for the Peak Oil)ーUSの会議資料も参考になります。石油ピーク論を理解するのに優れたものです。

その「プランB」は、旅行を減らす、運輸は水上、鉄道、それからが道路と述べ、ローカルの食料など地域主義を、グローバリゼーションは終焉、というのです。 マネー・浪費型アメリカ文明の否定といった内容です。 ヨーロッパASPOで何回か会っていますが、アメリカにも、M.Simmonsのような優れたリーダがいるのです。またプッシュ大統領を、石油ピーク論のサポーターに位置づけているのも興味あります。 

よく知れれる、L.ブラウンの「PlanB]がエネルギーについて超楽観論なのと対照的、彼はわかっていない、だから技術・イノベーションで、環境と経済は両立するという、だから人気がある。
だがアメリカ型の浪費・マネー経済はもう崩壊したのです。「地球はやはり有限だった」、1929年の世界恐慌時とこの点で全く違うのです。つまり今回の経済恐慌は原理的なもの、止めようとしても止められまい。
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by tikyuu_2006 | 2008-10-17 00:24 | 新しい文明の構想

現代文明の潮流が変わる:トヨタは「石油ピーク」をわかっているが、日本社会は?

経済危機、世界恐慌を恐れるのか、日本では積極財政、財政出動すべきとの意見が日増しに高まっている。だが、その先どうなるのか。膨大な借金を増やすであろう積極論、戦略も見通しもないまま、声だけは大きくなる。

10月5日のテレビ朝日の「サンデープロジェクト」、田原総一郎氏は自民党国会対策委員長に向かってそれ以上の積極論をぶっていた。そして同夜のフジテレビ、最近始まった「サキヨミ」でも同様、景気が大変とにかく積極財政をと、ただただ勇しかった。

虚の世界、マネーゲームの崩壊が皮層にあるとすれば、深層には石油減耗のもたらす石油文明の衰退、浪費型文明の終焉がある。これは現代文明の一大変革期、それすら理解しないで「わかったつもり」のマスコミ、日本の指導者、知識人の言動、評論は、冷静に思索もせずに猛進し自滅した太平洋戦争突入、その末期症状に酷似している。 最後にはただひたすらの前進を命じ、玉砕を押しつけた思考能力喪失の軍部と、冷静に考えることを恐れる現代の日本社会、マスコミと本質において変わらないのでは。
残念だが、この日本社会特有の体質、冷徹なリアリズムの欠落という現象が、この文明変動期のもっとも大事な局面で、再び露呈されつつあるようだ。 どうして日本は、いつもこうなのか。地球温暖化でも同じ現象、朝日新聞10月6日の社説、”「環境」だって票になる”、にも驚いた。その一節、

”「洞爺湖サミットで温暖化論議は一段落」と言った静けさである。 地球温暖化への対応は、21世紀の経済と社会の発展のあり方を決める重要な選択であるにもかかわらずだ・・・気候変動と言うピンチを、経済や社会の発展のチャンスに変える構想力と指導力―。現代の政治家のだれもが備えているべきである。”

とあったが、本当にそうなのかもっと多様な思考をすべきではないのか。一つのこと、画一的にしか考えられないのか。
しかしこのメディアにも、未来を憂える優れた人々はおられる、特に若いジャーナリストには、最近の一色に染めあげる奔流に抗しえないと嘆く方は少なくないが、目から鱗が落ちたと言いつつも、TV, 紙面に出せるか自信がないという。

だが冷静で合理的に思考する組織、人々もおられる。去る7月25日、豊田市での「トヨタ技術会」で講演した。最近その社内報、議事録的な報告を頂いた。当日、1500名のトヨタ関係者、トヨタ会館の大きなホールに1000名、場外300席と立ち見、そして裾野にある研究所へも中継されていた。

私の講演タイトルは「石油ピークが来た」、これはトヨタ側のご希望であった。頂いた社内報には技術会の会長、滝本正民副社長のご挨拶も。 そこで社内報全体をご覧を。石油ピークを技術系トップの滝本氏のみならず、多くの方が本質を理解された。流石世界のトヨタ、上述のメデイア、評論家諸氏とは大違いである。 その後の新聞報道によると、トヨタは09年度の車生産台数目標を1040万台から970万台へと下方修正したそうである。やはり、トヨタはわかっておられる。
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by tikyuu_2006 | 2008-10-06 00:23 | これからの日本