<   2007年 10月 ( 3 )   > この月の画像一覧

「持続的な発展」とは: 石油ピーク後も発展、成長は可能なのか?

石油価格がバレル90ドルを越した。だが依然、それが地球の限界のためとは思わない人が殆んどですが、もう石油ピークは来ている流行の「持続的発展:Sustainable Development」も考え直す必要があるのでしょう。これは本来「持続と発展」を結んだ反語で、有限地球で無限成長はありえないが、この「輸入語」は今大流行、独り歩きする、殆ど議論されずに。いまでは漫画のタイトルのようなサステナすらある。

そこで長く読まれている、ある論文を紹介します。題は [Reflections on Sustainability, Population Growth, and the Environment:1994~] 、著者はコロラド大学のA. Bartlett。この大学には[Spaceship Earth]で知られるK.Bouldingなども。
Bartlettは[Sustainable]という言葉は、有名な「成長の限界:The Limit to Growth,1972」が出された後、この「Limit」を嫌った人々が編みだした、本来農業、林業で使われてきた「Sustained Yield」が転用された、と述べています。
同じく日本に、批判なしに輸入された著名な「Our Common Future:Bruntland report 1987」も「持続可能な経済成長の時代・・・」などと、各所で論旨が曖昧であると指摘します。

司馬遼太郎は「日本人は、いつも思想はそとからくるものだ、とおもっている」(この国のかたち)と述べていますが、どうやらそのようです。21世紀に入って、人間の生存基盤が劣化し、日本社会も至る所で綻び、限界が見えて来ました。このような時、オーム返しのように、持続的発展、頑張ろうでは、いずれ大変なことになるのでは。 決して新しくはない本論文から、アカデミズム、大学のあるべき姿を改めて教えられるようです。

more 本論文
[PR]
by tikyuu_2006 | 2007-10-27 09:02 | これからの日本

指数関数的成長の脅威:経済成長の光と影

指数関数的な無限成長は有限地球でありえない。現代の経済至上の膨張主義は、指数関数の怖ろしさ、限界を理解していない。日本では年率3%でも低成長と言うが、それはおかしい。中国の10%に達する成長とは、7年で倍となることである。これは持続可能だろうか、いずれはじけるのでは。
簡単な計算方法がある。成長率%で70を割ると倍になる年数がわかる。中国の例では70割る10は7ということである。

世界最大の浪費国アメリカは、世界人口の5%で全エネルギーの25%を浪費する。だがアメリカ経済も最近はおかしい。本来この国は借金で維持されている。ドルが世界通貨だからだが、日本はこれを支える。本来グローバリゼーションで最も得をしているのはアメリカなのでは。

温暖化対策の排出権取引も、日本は持ち出しとなろう、。しかもこれは二酸化炭素の付回しに過ぎない、地球規模では減らない。せめて日本は基準年を1995年にしておけば、このように困らなかった。いつもながら国際的お人好し考えない日本だが、これは「国損」とでもいうべきか。

「指数関数の意味」を理解する良い講話がある元コロラド大学Bartlett教授の講演アメリカのglobalpublicmediaで一番人気、文章もビデオもあるが、そのキーメッセージ、”the greatest shortcoming of the human race is our inability to understand the exponential function” は印象的。
日本も世界も持続出来そうにないことが、ほぼ一時間の市民向けの分かりやすい講演から納得されよう。絶対のお奨めである、特に日本の「わかったつもり」のリーダ達に。

さらに深く知りたい方は「Energy and economic myths(hystorical」Nicholas Georgescu-Roegen、エントロピー経済学の太宗、の文をどうぞ。
[PR]
by tikyuu_2006 | 2007-10-24 05:53 | 新しい文明の構想

「二つの国民」が住む日本:格差社会のもたらしたもの

経済成長至上のアメリカ追従の政策、政治は、日本に歪んだ格差社会を生んだ。この国は美しくなどなかった、自民大敗はその証左である。だが勘違いしてはならない、これは民主党が素晴らしいということでもない。

成長主義に潤った格差上位の政財界のトップ、社会のエリート、指導者などは勝者、格差下位の地方、中小企業、庶民、社会的弱者などは敗者である。今の日本の国民は、二分されている。 「二つ国民が住む」のである。 ほぼ半々、世論も二分される。
今も利子ゼロ政策を続け、庶民の得るべき利子を勝者に移転する。その低利子の日本マネーが世界のマネーゲームを培養する。そして自らもマネーゲームのお得意な日銀総裁、今の日本社会の矛盾を述べれば切がないほどである。 マネーが全てとなった日本、人は心を失った、誇りを喪失したようである。しかし 「もう一つの国民」はよく見ていた、自民大敗はその付けでしかない。

日本は、いまでは「勝ち組と負け組み」の「二つの国民」が住む国となった。そして首都圏、中部、関西の3圏に日本の人口の半数が住む、そして過疎の地方。もったいない狭い日本列島の使い方である。

ではどうするかだが、私は繰り返してきた。「地球は有限、自然にも限りがある」、永遠の膨張、成長は原理的にありえない、これからは「脱浪費」、「もったいない」である、と。
[PR]
by tikyuu_2006 | 2007-10-01 05:22 | これからの日本