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車に食べ物を奪われてはならない:人間は利口なのか馬鹿なのか

食料供給をめぐる自動車と人間の争いはすでに始まっている
世界では8億5400万人が慢性的な飢餓状態にあり、栄養も不足している。そのうち2万4000人(大多数は子供)が毎日死んでいる。2015年までに飢餓人口の割合を半減させるという、国連のミレニアム開発目標は、飢えに苦しむ人口が増え続けていることから、進捗が思わしくなく、食料よりも自動車燃料を優先させる状況が展開すると、完全に失敗するかもしれない。

アメリカの輸入石油への依存拡大という、一つの問題を解決しようとして、それよりもはるかに深刻な別の問題を招いている。(一部略)

食料と燃料が対立する問題については、世界はリーダーシップを切実に必要としている。今後に予想される食料と燃料の争奪戦に対処する戦略である。世界の穀物主要生産国及び輸出国であり、エタノールの最大生産国であるアメリカが命運を握っている。

以上はL.ブラウンの警告である小利口者は大局を見誤る典型である。結局人間は馬鹿のようだ、古代からの文明崩壊史はそう教えている。
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by tikyuu_2006 | 2007-01-28 06:44 | 新しい文明の構想

人を捨てるのは「もったいない」

日本社会は人を捨てている。
60歳定年のことである。いわゆる団塊の世代のことである。まだまだ働ける、やる気のある人を日本社会は定年60歳で捨てている。その一方で少子化を心配する日本のリーダー達、何かがおかしい。
最近、NPOなどでも講演をよく頼まれる、「石油ピークは農業ピーク、そして文明ピーク」と述べ、それは技術開発の問題ではないもっと本質的なことである、原理原則的に脱浪費が欠かせない、人口は少ないほど良い、とのべると年配者から強い反応がある。

地球は有限、自然にも限りがある、と私の思考の原点を説明し、1970年ころはエネルギー消費量は今の半分、人口は1億人、食料自給率は60%、日本人の心は今より豊であったという私の思想をのべると、その意図、意味はという質問である。
この1970年を目標とするは、今の経済成長至上主義、マネーが全て社会と真っ向から対立する。
だが日本は当時、それなりに確かな国であった。 リストラ、ホームレス、フリーターなどという人を粗末にする、される不安さなどはなかった。
如何であろうか、人を捨てない心の豊な社会を構想する、というのは。
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by tikyuu_2006 | 2007-01-27 16:41 | 新しい文明の構想

1970年を目指す:エネルギー消費量は半分、食料自給率は60%だった

1970年頃、日本のエネルギー消費は今の半分、食料自給率は60%、心も豊かで、人口はほぼ1億人であった。日本人はそれなりに充足していた、もちろん飢えてなどいなかった。その頃を覚えている国民は大勢おられよう、如何であろうか、「その頃」を目標とするのは。
今は経済成長至上主義、少子化を心配する識者が多いが、少し考えればわかる、人口は少ないほどよい。北欧諸国の環境の良さと国際競争力の質とその高さ、参考にすべきでは。

統計によると、2005年のエネルギー消費量は過去最高、当然二酸化炭素の排出量も最高記録を塗り替えたという。このままでは京都議定書の達成、1990年比で6%減、などおぼつかない。「地球は有限」である、有限に無限は収まらない。これは真理である、技術の問題ではない。
だが、日本の省エネ・環境技術は大変に進歩した、これから日本はその優れた技術を世界に売り込み、GDPの益々の成長をとリーダーは言うが、現実は今述べた通りである。これがジェヴォンズのパラドックスなのである。
徹底的に考え抜くことをしない日本人だが、日本は大丈夫だろうか?
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by tikyuu_2006 | 2007-01-24 10:21 | ご存知ですか?

「資源とは」をわかっていない人々:NHKラジオ放送に思う

1月14日のNHKラジオの「あさいちばん、もったいない学会」番組は好評でした。お褒めの言葉を沢山頂ました。その関連での最近の思いをつづります。
いま日本で「資源」についての理解が大いに不足している、「わかったつもり」の方々も「わかっていない」ようです。
広辞苑によると「資源」とは、生活活動の元になる物質、水力、労働力などの総称となっている。また「天然資源」とは、天然に存在する有用物で、採取加工して生産や生活に利用しうるもの、とある。
「有用なもの」ということだが、それを資源論でいうと、1)濃縮している、2)大量にある、3)経済的な位置にある、となる。これが「資源の3要素」であり、私は長年これを繰り返し啓蒙してきました。最近は「もったいない学会」のメインテーマとして、EPRと共に説明しています。
それは石油が無くても、オイルサンドなどの重質油は大量にある、太陽エネルギーも無限であるから大丈夫と、さらなる消費拡大、つまり浪費をあおるリーダーが殆ど、それが「わかったつもり」なのです。このような半知半解論に踊ると、大変なことになります。

支那事変から太平洋戦争、そして敗戦まで日本のエリート、秀才達は国民を破滅へと導いた。一般国民がもう少し自分で本気に考えていたら、300万人の同胞を殺さず、国も焦土化せずにすんだかもしれません。
私は終戦当時、開成中学(今の開成学園)の一年生でした。JR田端駅から歩いて校舎にたどり着く途中、山の手台地は焼夷弾で焼け野原、途中に焼夷弾の燃えた後の空筒があちこちに突き刺さっていました。頭蓋骨すら転がっていたのです。今でもそれを鮮明に覚えています。
そして英語の教師を筆頭に、先生方が終戦と共に君子豹変したのです。鬼畜米英から、民主主義の伝達人へと。

今地球の有限性が顕在化しつつあるのです。人類の生存基盤が崩壊しつつあるのです。だが一番脆弱な日本が一番暢気、そして「わかったつもりの識者」が再び日本を妙な方向に導こうとしている。彼らに歴史を繰り返えさせてはならない、歯止めを掛けるのは国民の意識です、それには先ず皆さんが自分で考えるのです。
最後になりますが、その後再放送は出来ないとのお返事でした、残念なことです。
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by tikyuu_2006 | 2007-01-18 08:47 | エネルギー、環境

NHKのラジオ放送、インターネットでも「聴きたい」

1月14日の「あさいちばん、もったいない学会」、私のEPRをキーワードとした有限地球観、かなり反響がありました。良い内容とのことでしたが、時間帯が早朝で年配者が多かった。そこで、別の年齢層にお聞かせしたいと考えました。
ところがインターネットで「声の放送」として聞けないそうです。又録音したものも流してはならない、著作権に触れる、とのことです。
驚いています。やはり日本は妙な国、モノを作ることしか考えない。21世紀どうなるのか?世界では音声情報をインターネットで聴くのは、もう常識となっているのに。
「分かったつもりの有名人」ばかり相手にするからですか? NHKはとても偏っている、硬直化している。TVもますます低俗化、紅白歌合戦のヌードなど見るに耐えない。これで公器か。
これは余計なことでした。別の時間帯での再放送をお願いすることとします。
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by tikyuu_2006 | 2007-01-17 11:32 | ご存知ですか?

NHKラジオ第一放送、「もったいない学会」を紹介

2007年1月14日NHKが「ラジオあさいちばん」で、「もったいない学会」を紹介してくれました。お聞きになった方も多いでしょうが、逗子の拙宅でのインタビューで、これからのエネルギー制約のなかで脱浪費を、文明転換期の戦略を考えるべきで、それにはEPRが大切であるとお話しました。
1970頃は今の半分のエネルギー消費で日本人はそれなりに幸せであった、心も豊かで、食料自給率は60%だったなど、持論の有限地球観と原理原則的な対策について、全部では有りませんが、その重要な一部を紹介してくれました。
7:39 日曜訪問
、「2007年をもったいない元年に」 もったいない学会会長・元国立環境研究所所長・東京大学名誉教授石井吉徳、とありました。少しずつ前進しています。
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by tikyuu_2006 | 2007-01-14 22:03 | もったいない学会

NHKとエネルギー、環境問題:まず有限地球観の理解を

NHKが年末年始、エネルギーと環境問題についの特集番組をTV、ラジオで報道した。それについてはすでに4回、BLOGのコメントで述べたとおり、すべて一人の論客、寺島実郎氏の強い個性、主張に全面的に依存した番組だった。寺島氏の国際的な視点でのダイナミズムは流石であったが、反面ゲストの方々は、同じ経済至上主義の堺谷太一氏をのぞいて影が薄かった。むしろ結果としてそうなった、お気の毒と言うべきかも知れない。経済成長一辺倒のこの一連の企画、初めからの予定稿に合わせたに過ぎないようである。ゲストは添え物出しかなかったのか。多様性を認めようとしない、日本社会の画一的な体質が現れたにすぎない。

かくしてNHKの年末年始の特集はビジネス、マネー主義で論理深度の浅いものとなった。地球は有限である、自然にも限りがあるとも思わない、理念、哲学に乏しいいつもの環境エネルギー論だった。
環境問題も地球温暖化論の決まりきったパターンが繰りかえされ、その対策も聞きなれた技術論に終始した。エネルギーも石油ピークなど気にも留めない、技術万能となった。
昨今の日本の妙な楽観論だが、聞きたくないことは聞かない、見たくないものは見ない、深く考えない、欧米、特にアメリカの主流に沿って「分かったつもり」の風潮の典型なのかも知れない。
その結果、日本経済の無限成長願望、万能の技術となるのだが、本当に日本はそれで大丈夫なのだろうか。NHKは国民が視聴料を払わねばならない公共放送である、色々な意見に耳を傾ける必要があろう。初めに予定稿がありそれにあわせて「いわゆる有名人」を、では国民の支持は得られまい。もう市民は覚めている。

だがNHKは日本で最高のスタッフ、能力を持つ組織である、方向、理念さえしっかり見定めさえすれば大きな力となろう、今後の活躍には期待している。
私は地球物理学者である。地球は有限、自然にも限りがあるが基本理念であり、現代工業化社会の大量生産型の浪費文明が、人類の心と本質的な生存基盤を喪失させるているのではと思うのである。
技術万能のマネー社会は、新たな問題すら作りつつある。流行のバイオエタノールである。一見すると温暖化対策として未来型だが、人が車に食料が奪われる時代を招きつつある。
温暖化、代替石油などの対策技術は、問題をむしろ深刻化する可能性すらある。ジェヴォンズのパラドックスである。

最近、レスターブラウンは近い将来、穀物価格が人類が経験したことがないほどの高値になると警告し、アメリカのエタノールプラントのコーン需要も過小に見積もられていると述べている。
拝金、強者必勝の競争原理が世界各地で人心を崩壊、伝統の人のつながり、コミュニティーを分断、そして地球規模で人類の生存基盤は喪失する、と警告する人が増えている。
真実を報道するのが、公共機関NHKの本来の使命、日本の科学者、大学も人類の未来についての正しい見識を社会に展開して欲しいものである、大学とは本来そのためにある
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by tikyuu_2006 | 2007-01-06 23:59 | 新しい文明の構想

新春のNHKラジオ:21世紀日本の自画像ーその3(1月3日)

新春のNHKラジオ:21世紀日本の自画像ーその3、最終回は寺島実郎氏のみの出演で、持続可能な世界とは、であった。
「鳥の目と虫の目」にたとえて、視野の広さと狭さがともに必要、から始まった。熱のこもった21世紀への論議は真面目で好感が持てた。
総じて、環境とエネルギーを理念から捉え国際性が大切という主張、だが環境問題は殆ど地球温暖化の対策技術論に終始し、エネルギーは日本のエネルギー技術を世界に売る、とくに中国にであった。ビジネスの視点でエネルギー、環境を見たといえようか。
21世紀の日本のあるべき姿を積極的に世界に主張すべきとNHKの担当、木村氏と熱っぽく論じた番組である。その基本姿勢には同感だが、科学書としては地球、自然の視点を欠くのが最後まで気になった。
何故か。それは有限地球観のない持続可能性論は理念として完結しないからである。いずれ正面から論評したいが、ここではキーワードのみを挙げておく。
先ず「石油ピーク」は「農業ピーク」そして「文明ピーク」である、次いでエネルギー技術論には科学的な評価基準が不可欠、それはEPRである
総括すると、熱力学の第二法則、エントロピーの法則をとなるが、これが科学者としての原理的コメントである。
そして最後に加える。環境問題は地球温暖化が全てではない。発電所の排気ガスの二酸化炭素を抽出して中東に運び、油田の生産増に使う技術などは、EPRを最初から考えるべきである、自然エネルギー関連技術も例外ではない。
環境、エネルギー技術がこれからの日本のビジネスチャンスとの主張には、一言せねばなるまい。評価の仕方、理念を本気で考えること。
石油ショック以来、何十年間、日本で鳴り物入りで推進されたエネルギー国家プロジェクトの殆んどは、高エネルギー型で自然と非調和的であった。ゆえに実用に供されたものは、殆んどない。
しかも莫大な税投入にも拘らず反省もなく、ひっそりと退場したのである。メディアには決して報道されない。そして担当者が代替わりし、ほとぼりが冷めれば再び指導者達は表舞台に復帰する。
日本の審議会のことである。
寺島氏も評価をしっかりと言っていた。大賛成だが、アメリカのあるシンクタンクを理想のように述べていた。またもやアメリカが教師、いつもの日本の識者のパターンであった。しかし世界の資源を浪費するアメリカはもう手本にならない。理念、哲学をしっかりしないと日本は同じ過ちを繰り返す。
先に大晦日NHKーBS2についてのコメントでも触れた、「日本はなぜ敗れるのか:山本七平」にある敗因21カ条の第10とは、「反省力なき事」である。
旧日本軍のことである。
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by tikyuu_2006 | 2007-01-03 23:45 | ご存知ですか?

新春のNHKラジオ:21世紀日本の自画像ーその2(1月2日)

新春のNHKラジオ特集「21世紀日本の自画像ーその2」が、1月2日報道された。寺島実郎氏が主役のこの番組、今回の2日目は慶応大学の金子勝教授が対談のお相手であった。
だが雄弁な寺島氏のペースに、流石の金子氏も時折意見を言わせてもらえる程度、元旦の中村氏と同様、寺島氏の独り舞台となった。
最初石油ピークが紹介され期待したが、寺島氏の「そのような議論は昔からあった」の一言で切捨てられ、その後は氏が理解する国際常識の独演会となった。一般の人には一見新しかったであろうが、エネルギー、環境問題の本質を知る人には「今更論」でもの足りなかった。
エタノール、京都議定書、二酸化炭素の地下貯蔵、海洋投棄、そして京都メカニズムなど、まさに百花繚乱、次々とそれらは氏の持論ベルトコンベアーに乗せられ、どんどん料理されて番組は終了した。最後の氏の言葉が面白かった、「頭を切り替えて」であった。
これで取りあえずのコメントとしておく、1月3日が最終回、それを聞いてからいずれ私の意見を総合的に述べることとする。
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by tikyuu_2006 | 2007-01-02 23:39 | ご存知ですか?

新春のNHKラジオ:21世紀日本の自画像ーその1(元旦)

「21世紀日本の自画像:環境とエネルギー・地球の未来のために」と題して、NHKが3夜連続の特集を組んだ。その企画途上、私にも繰り返し取材があった。その第一回が元三井物産のビジネスマン寺島実郎、中村桂子氏の対談、夜9時半からの長番組であった。
結論から言う、失望したのである。その理由はエネルギーが中心にあるべき温暖化問題の対話に、「石油ピーク」が全く語られなかった。
自然、生物は中村氏の得意とされる分野、さすがにそれに関しては聞きごたえがあった。私は中村氏とは面識がある。私の石油ピーク論などもお聞きのはずである。言うまでもないが地球温暖化はエネルギー問題そのもの、対策の中核にはエネルギーの原理原則論がなければならない
NHKの新春対談は、まさにタイトルの通り「日本の自画像」そのものであった。本質を理解しない日本の困った姿がそこにあった。
最初の部分だけが救いであった。北大、福田正巳教授のシベリアタイガの森林火災が人為的である、長年の事実の観測に基づいた科学的な本物の話は、短かったが流石であった。この福田氏は今「もったいない学会」の北海道における中心人物であり、昔からの仲間である。
科学とは自然に聞くことである。日本は600台のコンピュータを駆使する地球シミュレータが自慢だが、これは人間が考える際の助手にすぎない。
私事で恐縮だが、私は東大退官後、国立環境研究所の副所長として赴任した。そしてコンピュータ・シミュレータモデルで「実験する」という言葉を聞いて驚いた、仰天したといってもよい。
何故驚いたか、それはコンピュータモデルはモデルでしかない、それを作った研究者が理解する自然以上でも以下でもないからである。改めていう、自然科学とは自然に聞くこと、自然に学ぶことである。社会科学も同じだろう、社会から学ぶことが本筋である。
因みに私の専門は地球物理学である。未だに私は、枯葉一枚の神秘に驚かされている。
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by tikyuu_2006 | 2007-01-02 12:06 | ご存知ですか?