カテゴリ:新しい文明の構想( 75 )

Oil Supply Limits and the Continuing Financial Crisis

Oil Supply Limits and the Continuing Financial Crisis - Unofficial Version
By Gail Tverberg
Published in Energy Volume 37, Issue 1, January 2012, Pages 27-34. Official version available at Science Direct.
http://ourfiniteworld.com/oil-supply-limits-and-the-continuing-financial-crisis/

Abstract
Since 2005, (1) world oil supply has not increased, and (2) the world has undergone its most severe economic crisis since the Depression. In this paper, logical arguments and direct evidence are presented suggesting that a reduction in oil supply can be expected to reduce the ability of economies to use debt for leverage. The expected impact of reduced oil supply combined with this reduced leverage is similar to the actual impact of the 2008–2009 recession in OECD countries. If world oil supply should continue to remain generally flat, there appears to be a significant possibility that oil consumption in OECD countries will continue to decline, as emerging markets consume a greater share of the total oil that is available. If this should happen, based on these findings we can expect a continuing financial crisis similar to the 2008–2009 recession including significant debt defaults. The financial crisis may eventually worsen, to resemble a collapse situation as described by Joseph Tainter in The Collapse of Complex Societies (1990) or an adverse decline situation similar to adverse scenarios foreseen by Donella Meadows in Limits to Growth (1972).

Highlights
► Reduced oil consumption leads to lower economic growth and less capacity for debt.
► Lower capacity for debt leads to debt defaults, reduced credit, falling home prices.
► Oil supply limits appear to be a primary cause of the 2008–09 recession.
► If world oil supply remains level, more recession can be expected in OECD countries.
► Inadequate demand for high-priced oil is likely to cause much oil to be left in place.

http://ourfiniteworld.com/oil-supply-limits-and-the-continuing-financial-crisis/
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by tikyuu_2006 | 2014-08-21 22:15 | 新しい文明の構想

「21世紀に生きる君達へ」

司馬遼太郎の遺言とされる「21世紀に生きる君達へ」
1996年2月12日没(享年72歳)

 私は、歴史小説を書いてきた。
 もともと歴史が好きなのである。両親を愛するようにして、歴史を愛している。
 歴史とはなんでしょう、と聞かれるとき、「それは、大きな世界です。かって存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです。」と答えることにしている。

 私には、幸い、この世にすばらしいたくさんの友人がいる。
 歴史の中にもいる。そこには、この世では求めがたいほどにすばらしい人たちがいて、私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれているのである。
 だから、私は少なくとも二千年以上の時間の中を、生きているようなものだと思っている。
この楽しさは・‥もし君たちさえそう望むのなら・・・おすそ分けしてあげたいものである。

 ただ、さびしく思うことがある。
 私が持っていなくて、君たちが持っている大きなものがある。未来というものである。私の人生は、すでに持ち時間が少ない。例えば、21世紀というものを見ることができないにちがいない。

 君たちは、ちがう。
 21世紀をたっぷり見ることができるばかりか、そのかがやかしいにない手でもある。

 もし「未来」という街角で、私が君たちを呼びとめることができたら、どんなにいいだろう。
「田中君、ちょっとうかがいますが、あなたが今歩いている21世紀とは、どんな世の中でしょう。」そのように質問して、君たちに教えてもらいたいのだが、ただ残念にも、その「未来」という町角には、私はもういない。

 だから、君たちと話ができるのは、今のうちだということになる。
 もっとも、私には21世紀のことなど、とても予測できない。 ただ私に言えることがある。
それは、歴史から学んだ人間の生き方の基本的なことどもである。
 
 昔も今も、また未来においても変わらないことがある。そこに空気と水、それに土などという自然があって、人間や他の動植物、さらには微生物にいたるまでが、それに依存しつつ生きているということである。
 自然こそ不変の価値なのである。なぜならば、人間は空気を吸うことなく生きることができないし、水分をとることがなければ、かわいて死んでしまう。
 さて、自然という「不変のもの」を基準に置いて、人間のことを考えてみたい。
 人間は、・・・くり返すようだが・・・自然によって生かされてきた。古代でも中世でも自然こそ神々であるとした。このことは、少しも誤っていないのである。歴史の中の人々は、自然をおそれ、その力をあがめ、自分たちの上にあるものとして身をつつしんできた。
  この態度は、近代や現代に入って少しゆらいだ。
  ・・・・人間こそ、いちばんえらい存在だ。という、思いあがった考えが頭をもたげた。21世紀という現代は、ある意味では、自然へのおそれがうすくなった時代といっていい。

 同時に、人間は決しておろかではない。思いあがるということとはおよそ逆のことも、あわせ考えた。つまり私ども人間とは自然の一部にすぎない。というすなおな考えである。
 
 このことは、古代の賢者も考えたし、また19世紀の医学もそのように考えた。ある意味では平凡な事実にすぎないことを、20世紀の科学は、科学の事実として、人々の前にくりひろげてみせた。
 20世紀末の人間たちは、このことを知ることによって、古代や中世に神をおそれたように、再び自然をおそれるようになった。
 おそらく、自然に対しいばりかえっていた時代は、21世紀に近づくにつれて、終わってゆくにちがいない。

 「人間は、自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている。」と、中世の人々は、ヨーロッパにおいても東洋においても、そのようにへりくだって考えていた。
 この考えは、近代に入ってゆらいだとはいえ、右に述べたように、近ごろ再び、人間たちはこのよき思想を取りもどしつつあるように思われる。
 この自然へのすなおな態度こそ、21世紀への希望であり、君たちへの期待でもある。そういうすなおさを君たちが持ち、その気分をひろめてほしいのである。
 そうなれば、21世紀の人間は、よりいっそう自然を尊敬することになるだろう。そして、自然の一部である人間どうしについても、前世紀にもまして尊敬し合うようになるにちがいない。そのようになることが、君たちへの私の期待でもある。

 さて、君たち自身のことである。
 君たちは、いつの時代でもそうであったように、自己を確立せねばならない。
 ・・・自分に厳しく、相手にはやさしく、という自己を。
 そして、すなおでかしこい自己を。
 21世紀においては、特にそのことが重要である。
 21世紀あっては、科学と技術がもっと発達するだろう。科学・技術が、こう水のように人間をのみこんでしまってはならない。川の水を正しく流すように、君たちのしっかりとした自己が、科学と技術を支配し、よい方向に持っていってほしいのである。
 右において、私は「自己」ということをしきりに言った。自己といっても、自己中心におちいってはならない。
 人間は、助け合って生きているのである。
 私は、人という文字を見るとき、しばしば感動する。ななめの画がたがいに支え合って、構成されているのである。
 そのことでも分かるように、人間は、社会をつくって生きている。社会とは、支え合う仕組みということである。
 原始時代の社会は小さかった。家族を中心とした社会だった。それがしだいに大きな社会になり、今は、国家と世界という社会をつくり、たがいに助け合いながら生きているのである。
 自然物としての人間は、決して孤立して生きられるようにはつくられていない。
 
 このため、助け合う、ということが、人間にとって、大きな道徳になっている。
 助け合うという気持ちや行動のもともとは、いたわりという感情である。
 他人の痛みを感じることと言ってもいい。
 やさしさと言いかえてもいい。
 
 「いたわり」
 「他人の痛みを感じること」
 「やさしさ」

 みな似たような言葉である。
 この3つの言葉は、もともと1つの根から出ているのである。
 根といっても、本能ではない。だから、私たちは訓練してそれを身につけねばならないのである。

 その訓練とは、簡単なことである。例えば、友達がころぶ。ああ痛かったろうな、と感じる気持ちを、そのつど自分の中でつくりあげていきさえすればよい。
 この根っこの感情が、自己の中でしっかり根づいていけば、他民族へのいたわりという気持ちもわき出てくる。
 君たちさえ、そういう自己をつくっていけば、21世紀は人類が仲よしで暮らせる時代になるにちがいない。
 鎌倉の武士たちは、「たのもしさ」ということを、たいせつにしてきた。人間は、いつの時代でもたのもしい人格を持たねばならない。人間というのは、男女とも、たのもしくない人格にみりょくを感じないのである。

 もう一度くり返そう。さきに私は自己を確立せよ、と言った。自分に厳しく、相手にはやさしく、とも言った。いたわりという言葉も使った。それらを訓練せよ、とも言った。それらを訓練することで、自己が確立されていくのである。そして”たのもしい君たち”になっていくのである。

 以上のことは、いつの時代になっても、人間が生きてゆくうえで、欠かすことができない心がまえというものである。
 君たち。君たちはつねに晴れあがった空のように、たかだかとした心を持たねばならない。
 同時に、ずっしりとたくましい足どりで、大地をふみしめつつ歩かねばならない。
 私は、君たちの心の中の最も美しいものを見続けながら、以上のことを書いた。
書き終わって、君たちの未来が、真夏の太陽のようにかがやいているように感じた。

(平成元年「小学校国語六年下」大阪書籍)
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by tikyuu_2006 | 2014-07-31 16:11 | 新しい文明の構想

気候と文明、人類の未来

気候と文明の歴史から、何を学ぶか
http://oilpeak.exblog.jp/22754410
生態学者A.ロトカは警告する、
「エネルギー豊富なとき栄えるはエネルギー最大消費の生物種、乏しいとき生存するは最小消費種のみ」

(1)気候と文明・気候と歴史
鈴木秀夫・山本武夫 (朝倉書店、絶版) 
古代の四大文明といわれるものが、いずれも今からおよそ5千年前に大河の流域に花開き、そしておよそ3千500年前に滅んだことは、よく知られています。ところで、なぜ4つなのか。大河といっても、たとえばなぜガンジス川ではなくインダス川なのか、なぜ揚子江ではなく黄河なのか。なぜアマゾン川ではなくナイル川なのか。そして、なぜそろって5千年前に興り、なぜいっせいに滅んだのか。滅亡の方は一応、民族大移動が原因とされていますが、ではなぜ至る所で同時に民族移動が起こったのか。これらの疑問に自信を持って答えられる人はほとんどいないでしょう。確かに中学や高校ではそこまでは教わりませんでした。こんな質問をする生徒は、間違いなく先生に嫌われるでしょうね。

大文明の興亡も、国家の盛衰も、それを担った人間とその社会の偉大さや愚かさを映し出すものであることは確かでしょう。しかし人間は、もしかしたら百年~千年単位の気候変動という、所詮人間にはどうすることもできない、というよりも、その社会の人間には予測することすらかなわない、自然の大きな営み、いや、気まぐれ(年平均気温にしてわずか±1~2度の変化!)に翻弄されているのか
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(2) 古代文明と気候大変動―人類の運命を変えた二万年史
Brian Fagan (2004) The Long Summer: How Climate Changed Civilization
ブライアン フェイガン (河出文庫) [文庫]

地球上の全ての生命は、誕生以来約 40 億年の激変する地球劇場のドラマとして展開してきた。主として地軸の傾きや太陽活動の変化といった抗しがたい天文学的要因によって、過去 50 万年の間にもほぼ4回の長い氷期と短い間氷期のサイクルを繰り返し、現在は第 4 間氷期のほぼ末期である。人類はこの氷河と共に現れた。途中ミニ氷河時代を挟んでいるが、過去 1万5000年の間氷期はそれでも最も気候的に安定した時代であった。とはいえ詳しく見ると実は干ばつと大洪水の繰り返しの歴史でもあった。

 著者は冒頭で、バグダッドの南で繁栄した古代都市ウルの干ばつによる突然の崩壊と現代まで続くミシシッピ川の洪水との闘いを述べて、問題の所在を示している。そして過去二万年の第4間氷期の気候大変動がメソポタミア、エジプト、マヤ・インカなどの古代文明に与えた影響をそれぞれの残された間接的気候記録に基づいて評価し、現代都市文明の脆弱性に警告を発している。

いずれの古代都市のケースでも、もともと移動性の狩猟採集民が地域の温暖湿潤化によって農業生産を始めて定着し、都市文明を発展させ人口の増大をひきおこす。やがて必ず襲う寒冷化によって生産能力が低下し、過剰に増大した人口を支えきれず、都市が滅亡するとの例外の無い筋書きである。例えば 9~13世紀の5世紀間ヨーロッパは安定した温暖な気候に恵まれたが、南北アメリカ大陸は深刻な干ばつに見舞われ、筋書き通り北部では戦争が起こり、南部ではマヤとインカの大文明が崩壊した。しかし南カリフォルニアのチュマシュ族だけはこの大干ばつの時代を生き抜いた。その智慧は生産性を高める競争ではなく、相互依存を促進することであって、大陸内部の狩猟採集民と海岸の漁民との交易による富の分配と住み分けであったとのことである。

 この生き残り戦略は動物の天敵から逃れる戦略に通ずるものがある。草食性のカメムシとその天敵の捕食性カメムシとの関係では、捕食者が増大したときに被食者は繁殖率を上昇させて個体群を守るのでなく、むしろ低下させて捕食者の餌を減じて生き残ろうとする。地球劇場の激変するドラマの進行は何人も止めることは出来ないが、二酸化炭素排出規制など、それによる災害を少なくさせることは可能である。中でも最大の課題は地球規模の人口問題である。歴史上の古代都市文明の崩壊は、いずれも人口増大によって繰り返された人災である
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by tikyuu_2006 | 2014-07-30 21:05 | 新しい文明の構想

古代文明の盛衰と現代文明の展望

文明の勃興と衰亡、自然と人間はどう関係したか
石井吉徳 2014年7月26日
現代石油文明は衰退過程にある、石油生産が減退し非在来型はエネルギー・コスト高、これが「石油ピーク」。そこで安田喜憲の環境考古学、環境省の「平成7年版、環境白書」・文明盛衰の概説などから、「古代文明の勃興と衰退」を要覧し、「現代文明の未来」を展望する。

A)「魚食の文明・肉食の文明」、安田喜憲より
http://shikon.nichibun.ac.jp/dspace/handle/123456789/871
稲作漁撈文明、畑作牧畜文明、モンスーン・アジア、西アジア 
2007年5月21日 国際日本文化研究センター
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食物の獲得は気候に左右される。アジアのモンスーン地域では、年間平均二〇〇〇ミリを超える降雨量は夏季に集中する。このような気候に適する穀物は米である。また豊かな水量は、河川での漁業を盛んにし、流域の人々にタンパク源を供給することを意味する。こうしてアジア・モンスーン地域の稲作漁撈民は、米と魚を食料とする生活様式を確立してきたのである。
 しかしこうした生活様式は、年間平均雨量が少なく、主に冬季に降雨が集中する西アジアでは小麦が主たる穀物となる。しかも河川での漁獲量は少なく、人々は羊、ヤギを飼育して、その肉をもってタンパク源とする畑作牧畜民のライフスタイルをとらざるをえない。
 
 イスラエルからメソポタミアにかけてのベルト地帯は、文明発祥の地とされている。小麦の栽培と牧畜により維持された畑作牧畜だが、今から一万年前ごろまでの深い森林は広範囲に破壊され五〇〇〇年前までに、ほとんどが消滅、主に家畜たちが森林を食い尽した。
 ギリシアも深い森林に覆われていた。デルフォイの神殿は建設当時森の中にあった。森林環境の破壊は、河川から海に流入する栄養素の枯渇でプランクトンの減少により魚は餌を奪われ、地中海は“死の海”と化した。
 一二世紀以後、文明の中心はヨーロッパに移動し、中世の土地開墾で多くの森林は急速に耕地化。一七世紀までにイングランド、ドイツ、スイスにおける森林破壊は七〇%以上に達し、今日、ヨーロッパの森林のほとんどは、一八世紀以後の植林事業による。
 一七世紀に生じた小氷河期の寒冷気候でペストが大流行、ヨーロッパは食糧危機、人々はアメリカへの移住、三〇年間にアメリカの森林の八〇%が失われた。一八四〇年代、ヨーロッパ人はニュージーランドに、一八八〇年から一九〇〇年のわずか二〇年にニュージーランドの森林の四〇%が破壊された。

 同じような状況は、畑作牧畜民が居住する中国北東部(満州平野)でも見られる。明朝の時代(一三六八~一六四四年)、森林に覆われていたが、清朝(一六四四~一九一二年)発足後、北東中国平原の急激な開発とともに森林は全く姿を消した。
 対し稲作漁撈民は慈悲の生ける物すべてに思いやりの心、善隣の気持ちを示してきた、稲作漁撈文明が将来の地球を救う。

B)『気候変動の文明史』、安田喜憲より
http://homepage2.nifty.com/motoyama/climate.htm
文明はなぜ勃興、没落したか
これまでは気候変動は千年、万年単位でゆっくりと変化すると思われてきた。だが近年の環境史の研究の進歩(年縞の発見など)により気候変動が急激に起こることがわかってきた。例えば1万5千年前だが、わずか50年で平均気温が10度近く上昇したのである。
 生活の糧であった森を荒廃させ、そこに急激な気候変動が追い討ちをかける。これが人類史において文明が忽然と消えた原因だった。気候変動は人類の人智を超えたものだから如何ともし難いが、森林破壊は止めることは出来るはずだ。

安田は、現代の地球の危機をイースター島をモデルに説明している。
 モアイ像が造られたのは8世紀頃、この頃は人々は海抜100メートル以下に村や農地を作り、森の破壊も海抜100メートルまでだったが、10世紀頃になると森の破壊も山頂付近、海抜400メートルにまで達する。人口が3000人に達し、人口増加のカーブと森林資源のカーブが交差する。つまりこの3000人こそが、イースター島で生存できる限界だったのである。しかしその後700年間にわたり、人口は増加し続け17世紀には6000~8000人、多いときには1万人に達したといわれている。

 イースター島の人々の生活を支えたのは、豊かな土壌による農業と漁業だった。だが森林の破壊によって土壌が浸食され、主食のバナナやヤムなどの収穫量が減少する。また木材の不足により、調理用の燃料もなくなり、漁に出るための船を作る木もなくなっていった。この食糧危機によって部族間の抗争が起こった。だが勝者は誰もいなかった。最後に人々は共食いをするまでになり、イースター島には今も「人食い洞窟」と呼ばれる洞窟が残っているという。こうしてイースター島の文明は17世紀に忽然と姿を消していったのである。このイースター島のモデルは現代文明にそのままあてはまる。

安田の「地球温暖化と現代文明の崩壊」から
古代文明は4200年前に衰亡した。なぜ遺跡は放棄されたのか。「畑作牧畜文明」は激しい自然破壊の結果、大地を荒野に変えて古代文明は崩壊した。それは現在のメソポタミア地方の、かつての「肥沃な三日月地帯」に立てば容易に理解できる。古代メソポタミア文明が繁栄した大地は、現在は塩の吹く荒野に変わっている。 
畑作牧畜型の古代文明は森を破壊し、豊かな平野を不毛の塩害で覆い、4200~4000年前と3800~3600年前の二回の気候の悪化のダブルパンチを受けて崩壊。

温潤地帯の長江文明を衰亡に導いたもの
 これに対し、温潤な長江文明地帯でも4200年前の気候悪化は、長江文明を衰亡に導いた。だが、長江文明を衰亡させた原因はそれだけではなかった。気候悪化にともなう北方からの畑作牧畜民の侵入が、つまり民族移動が文明衰亡を決定的にした。
 長江文明の大地は今日でもまだ豊かな穀倉地帯である。長江文明の崩壊をもたらしたのはメソポタミア文明を崩壊させた自然破壊ではなかった。
 4500年前を境として、長江文明の遺跡は突然爆発的に巨大化する。4500年前にメガロポリス時代に突入したとみなされる。ところがその巨大化した都市は、4000年前に忽然と姿を消す。長江流域のメガロポリスは4000年前に放棄される。
 
新たな世界観の誕生
人間が自然に屈服させられたかに見えた時、自然の法則を探求し、自然を機械とみなし、自然を支配してその上に人間の王国を作ろうという、近代文明思想が人々の共感をよんだ。
 フランシス・ベーコン(1561~1626年)は、知は力であり、自然の上に人間の王国を作ることを提唱した。ルネ・デカルト(1596~1650年)は、物質と精神の二元論に立脚し、機械論的自然観を展開した。自然を機械とみなし、「我思う、故に我あり」に示されるように、唯一絶対的な存在は人間の自我であるとした。それは、ペストが荒れ狂い、寒風が吹きすさぶ中で、薄暗い明かりのともる部屋の中で、追い詰められた人間が最後のよりどころとした言葉であった。だがこのデカルトの機械論的自然観と、ベーコンの自然支配の思想こそが、近代文明の原動力となった。

文明の転換期に共通する要因
 古代文明、中世ヨーロッパ文明を終焉に導いた要因すべてを現代文明は今かかえる。人口爆発・熱帯林の破壊と土壌、地下水の汚染、大気や海洋の汚染など。
 今やネットワークでむすばれ、日本の食糧の7割近くは海外からの輸入、アメリカの穀倉地帯が旱魃にみまわれたら真っ先にその影響は日本に。
 4000年前も今も文明危機は連鎖反応的に他文明を危機に、メソポタミア文明やインダス文明が環境破壊と大旱魃で崩壊した時と類似。
 
 人類はこの5000年の間、何をしてきたのだろうか。より速く、より便利に、より快適に、そして人類は宇宙へも飛び出したが自然とのかかわり方は、5000年前の古代文明と、本質的には変わっていない。むしろ自然の破壊がより大規模により深刻により加速度的になった。
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C)環境省:「平成7年版、環境白書」より、文明盛衰の概要
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/honbun.php3?kid=207&serial=9589&bflg=1

古代文明の盛衰の歴史
 古代文明の盛衰と環境の関係は、必ずしも明確ではない、見解が必ずしも一致する訳でもない。しかし、環境の変動が文明の成り立ちに影響してきたこと、文明の活動が環境に影響したこと、そしていくつかの文明において、文明自身が及ぼした影響による環境の変化が文明滅亡の有力な原因となっていった。
 以下に、いくつかの過去の文明の事例を、これまでなされてきた内外の研究成果を踏まえたいくつかの文献に基づいて紹介し、その盛衰と環境との関係について考える。

(1) シュメール(メソポタミア)文明
 シュメール文明は最古の文明の一つであり、メソポタミア南部で確認されている最初の集落跡は紀元前5300年頃に遡る。この文明はメソポタミア南部、チグリス河及びユーフラテス河流域の洪水多発地帯に成立していたものと考えられている。
メソポタミアでは、ウバイド文化の紀元前4300-3500年頃、治水潅漑農業が成立し、その後の諸都市の起源となる集落が形成され、ウルク期(紀元前3500-3100年)の後半には集落数が増大し都市化も進行したとされている。ウルク期には、豊富に得られた水を利用した小規模な潅漑農業が食料生産を支えていたが、初期王朝期(紀元前2800-2700年)に入ると気候の乾燥化が起こり多くの支流に分かれていた水路の数が減少し、流路も直線的になっていったため、水のない土地に人工的な運河によって水を引く必要性が生じたと言われている。これにより、潅漑のための大規模な土木工事が必要になり、結果として規模の大きい、高度に組織化された社会を生み出すことになったと考えられている。それとともに小規模集落の数が減少し、後背地の農村人口が都市に集中し、拡大する中で紀元前2700年頃メソポタミア南部のウルに大規模な都市が成立したとされている。しかし、すでに気候の乾燥化が進む状況下で潅漑を続けていたため、潅漑用水に含まれる塩類が水分の蒸発によって次第に土壤に蓄積し、紀元前2000年頃からは塩類集積の進行のため、塩類に弱い小麦が徐々に減少し、大麦に変わり、ついには栽培が可能なのは塩類に強いナツメヤシのみとなったものと見られる。上流域では森林の伐採などもあり土壤の浸蝕が進み、河川に流入した土が下流に堆積することにより潅漑用水路の閉塞をもたらしていたものと見られ、この沈泥は塩類を含んでおり、これが塩害を加速したものと推測されている。紀元前2400年頃には、現在のアメリカやカナダの収穫量に匹敵する1ヘクタール当たり平均2,537リットルの大麦収穫があったが、300年後にはその40%にまで落ち、紀元前1700年には897リットルと35%しか収穫できなくなり、大麦の収穫量がはっきりと減少傾向を示した紀元前2000年には既に最後のシュメール帝国は崩壊しており、その300年後には権勢の中心は塩害にあっていない北方のバビロニアに移っていたといわれている。メソポタミア人の主食の大麦の余剰が都市文明に生きる人々の生存を支えていたが、塩害による生産減少により、主食の余剰がなくなり、南メソポタミアのシュメール文化は衰退していたと考えられるのである。(出典 クライブ・ポンティング「緑の世界史」、湯浅赳男「環境と文明」)

(2) クレタ文明
 クレタ島は紀元前2000年の始め頃、地中海における文化的中心の一つとして現れてくるが、これには文明の先進地域であるメソポタミアにおける木材不足も関連していたとされる(第1-2-3図)。例えば、宮殿の建設や補修、建物の暖房や調理のためなどに木材は欠かせないものであったが、メソポタミアでは文明の発展とともに森林資源が減少していったようである。このときまだ森林を有していたと推定されるクレタ島はメソポタミアに対する重要な木材供給基地となったとされ、このことがクレタに大きな富をもたらし、クノッソスを中心とするクレタ文明を繁栄に導いていったのではないかと考えられる。クノッソスは一度大地震に見舞われ崩壊したが、そのときは豊富な森林資源のおかげで再建することができ、引き続き急速に発展したクノッソスの人口は千年前の約28倍程度に増加したとされる。この人口増加と文明の発展とともに木材の消費量も増加し、それに伴い森林は減少したと考えられ、かつて豊富な森林資源を背景に発展したクノッソスでも木材が不足するようになっていったものと考えられている。クノッソスは森林が減少したこともあり衰退し、文明の中心は当時まだ森林を有していたと推定される南ギリシャのミュケーネへと移っていった(第1-2-4図)。(出典 ジョン・パーリン「森と文明」)

(3) ギリシャ文明
 ミュケーネ文明が台頭し始めた紀元前1550年頃、ギリシャは森林を有していたものと推定される。しかし、紀元前13世紀の後期青銅器時代には経済の拡大とともに人口が増大し、それによると考えられる木材資源に対する需要の拡大と農地の拡大がミュケーネ文明の中心であったメッセニア地方をはじめとするペロポネソス半島における森林の減少を招いたようである。そして文明は森林の減少もあり衰退したようで、メッセニア地方では紀元前13世紀から紀元前12世紀の間に人口が9割も減少したと推測される。かくしてギリシャ文明の中心はギリシャ本土から、まだ森林を有していたと推定される小アジアへと移っていった。
 紀元前7世紀頃から小アジアではミレトス、エフェソスなどの港湾都市が栄えたが、ここでも人口の増加、農地の拡大等を背景に森林が減少し、それにより土壤の浸蝕が進行し、土砂が河川に流れ込んだものと見られる。河口に位置したミレトスやエフェソスでは港にこの土砂が堆積し、沼沢地化が進むことによって海に面した港はしだいに内陸化し、かつて栄えた港湾都市もまた衰退していったとされている。
 人口が小アジアへと分散したために、紀元前8世紀になるとギリシャ本土は森林を回復していたと推定される。この森林に支えられて文明もまたギリシャ本土で復興し、それはアテネの繁栄へとつながっていったものと考えられている。アテネが黄金時代を迎えたのはペルシャ戦争以後であるが、ペルシャ戦争の勝利、その後アテネがギリシャ世界の指導的地位につくに当たっても重要な役割を果たしたのがアテネの海軍だった。軍艦の建造やその費用を賄うための銀の精錬、さらにはペルシャ軍に破壊されたアテネの復興にも木材が必要となったであろう。ペルシャ戦争以後アテネは強力な海軍力を背景に繁栄したが、発展とともに人口も増加し、暖房や調理のための木炭の需要も増大し、アッティカ地方では森林の減少が進んでいったとされている。これをさらに進めたのがペロポネソス戦争であったと考えられる。紀元前5世紀後半のギリシャはアテネとスパルタの2大勢力に分割されていたが、この両者の間で戦争が始まったのである。当時、木材は海軍国のアテネにとっては特に重要であったと考えられる。このため戦争が始まるとすぐにスパルタ軍がアッティカ地方に侵攻し、森林を伐採したようである。戦争の長期化とともに森林の減少は進み、長い戦争の末にアテネもスパルタも共に衰退し、ギリシャ世界の覇権は森林を有していたと推定される北方のマケドニアへと移っていった(第1-2-5図)。(出典 ジョン・パーリン「森と文明」、湯浅赳男「環境と文明」)

(4) ローマ文明
 ローマがエトルリア人の支配を脱し、共和政を打ち立てた頃(伝承によれば紀元前509年)ローマは森林を有していたものと推定される。この頃ローマは木材を輸出し、ギリシャなどの文明の先進地域からさまざまな製品を輸入していた(第1-2-6図)ようであるが、ローマを取り囲む森林はまず居住地域の拡大のために減少していったとされている。紀元前3世紀末になると粗放形態の牧畜と集約的な二圃式農業が導入され、それとともに農地が拡大し森林は後退していったと考えられる。これはまず燃料代の高騰という形でローマの生活に反映し、このような動向に対して、ローマ最大の雄弁家と言われるキケロのように森林保護を訴える声もあったとされるが、ローマは征服によって木材を補充する道を選んだと考えることができよう。次々と周辺地域を征服し、森林を領土の中に取り込んでいったローマ拡大の背景には、このような木材需要もその一因としてあったものと考えられる。
 この中で建物の建設や暖房、ガラス産業などのために木材が消費された。ローマの成長の財政的基盤はスペインからの銀にあったが、銀の精錬には燃料として木材が必要とされ、このためスペインでも森林の伐採が進んだ。銀の生産が減少し、財政的な困難に直面したローマは配給のための食料やその他必需品の徴発など市民の自由を拘束するものだった。富裕な貴族階級は田舎の大農園に閉じ込もり、ローマには配給で暮らす土地を失った市民ばかりが残った。
4世紀にはローマは食糧を北アフリカに依存するようになり、海が荒れたりするとたちまち食糧不足の恐怖に見舞われた。この食糧不足が一因となって社会的混乱を招き、そのような中で巨大帝国は崩壊していった。(出典 ジョン・パーリン「森と文明」、湯浅赳男「環境と文明」)

(5) エジプト文明
 「エジプトはナイルのたまもの」といわれるが、エジプト文明の歴史は砂漠に谷をうがって流れるナイルの両わきに見られる幅10-20キロメートル程のグリーンベルトの中で展開したものとみられる。ナイルは、定期的な氾濫を繰り返したが、それは穏やかなものであり、また、ナイルの両岸が断崖をなしていることも手伝って、他の大河川のように大洪水に見舞われることもなかったようである。エジプト文明はこのナイルの毎年の定期的な氾濫がもたらす肥沃な土壤の上に成り立っていた。
 ナイル川の上流のエチオピアやウガンダに当たる地域では毎年6月にもっとも多く雨が降り、9月にはほぼ300キロ離れたエジプトで洪水が起きた。洪水は狭いナイル溪谷の全域に肥沃で新たな土壤をもたらし、それは11月までに終わり、この期間に秋作物の種を撒くのであった。ナイル溪谷の地下水位は洪水の1ヶ月間も地表から3メートル以上低いところにあったため塩類が累積することもなく、毎年肥沃な泥土と水が供給され、土壤が維持されたものと考えられる。この方式は、自然条件を巧みに利用し、複雑な技術を必要としないものであったため、古代エジプトで導入されて以後特に変更なく継承されたようである。(出典 クライブ・ポンティング「緑の世界史」、湯浅赳男「環境と文明」)

(6) インダス文明
 インダス文明は、紀元前2500年頃都市文明として成立したものと見られる。その中心はモヘンジョダロのあるインダス川流域のシンド地方であると考えられている。インダス文明の諸都市はモヘンジョダロの遺跡に見られるように整然とした計画に基づいて建設されていた。
この都市文明を支えていたのは冬作物を中心とする氾濫潅漑農業であったと考えられている。すなわち、インダス川がゆっくりと川幅を広くするように水を広げて氾濫することを予想して弱い土手を作っておいて、水が引いたときにシルト(沈泥)がため込まれるようにして、それがたまった場所で耕作を行うといった方法である。これによって、潅漑よりもむしろインダスの環境に適した農業が行われたものと考えられる。
 このインダス文明は紀元前1800年頃から衰退期に入り、紀元前1500年には滅亡したが、その原因としては、異民族(アーリア人)の進入、大洪水、河道遷移、環境影響などさまざまな説が考えられてきた。その中の気候変化に関する説では次のように考えられている。
 現在から5000年前以降、気候が寒冷化すると西ヒマラヤ一帯の積雪量が増加した。これとともに夏季の南西モンスーンは不活発となり、パンジャーブ平原やラージャンスターン平原などインダス川中・下流域は乾燥化した。この乾燥化の中で人々は水を求めてインダス河畔に集中した。この時、ヒマラヤから流出する河川では、積雪量の増大とともに大融水によって春先の流水量を増加させていた。これが冬作物を中心とする氾濫潅漑農業の発展を可能にし、急速に都市文明が形成されていった。インダス文明が衰退期に入る3800年前以降の気候変化の詳細は明らかではないが、この時期はユーラシア大陸が再び温暖期に入っていたと考えられ、それが春先の流水量を減少させ、それに依存した農耕社会に打撃を与え、インダス文明衰退の一因をなしたものと考えられている。(出典 安田喜憲「気候と文明の衰退」、湯浅赳男「環境と文明」)

(7) 中国文明
 中国の文明は黄河文明に始まるといわれてきたが、それにより遥かに古く揚子江流域で稲作文明が始まった。1970年代に発掘された浙江省河姆渡遺跡からは7千年前の住居跡、倉庫跡、稲等が出土した。また、河姆渡に近い良渚遺跡からは玉器を中心とする高度な工芸品が産出され、稲作を中心とする都市文明が5300~4200年前に栄えたと考えられている。稲作農業の特徴は、水を大量に必要とすることから、水を貯え供給する森林と稲作は共生していたと考えられるが、その後北方からの侵略により滅んだといわれている。
 一方黄河流域では、紀元前14世紀の殷の時代に、畑作を中心とする農耕が本格的に始まった。当時も今日と同様に乾燥した気候条件下にあった、土壤が比較的水分を多く含んだ丘陵縁辺の河川の流域が農地となっていた。農業はもっぱら雨水に頼っており、作物は耐乾性のあるアワが中心だった。
 黄河は膨大な量の黄土を含んでおり、平原に入って流速が落ちるとそれが沈澱し川底は100年に30センチメートルの割合で高くなった。黄河は増水するとたちまち氾濫し、有史以来2年に1度の割合で洪水、そのたびに河道を変えたため、支配者にとっては治水が重要な課題だった。また、乾燥気候下における農地の拡大には潅漑が必要だった。中国でも治水と潅漑の必要性が中央集権的な国家を生み出すことになったとされている。そして、以後の文明の盛衰もこの治水・潅漑の成否によったといわれている。(出典 湯浅赳男「環境と文明」他)

(8) イースター文明
 イースター島は人の住む最も近い島からでも2,000キロメートル、絶海の孤島である。現在のイースター島はほとんど樹木のない不毛な景観、ただ数百体の巨大な石像(モアイ)がかつての文明の面影を伝えるのみである。 イースター島に初めて人が住み着いたのは、火山が噴火を停止しておよそ400年後の5世紀頃だった。最近の花粉分析によれば種数は少ないとはいえ高木を含む豊かな植生が島を覆っていたが、火山島で年間を通して流れる川がなく、火口湖以外には湖等もなく、ほ乳類は生息しておらず、植物の種類も少なく、しかも土地の排水は悪かった。栽培できる作物はサツマイモぐらいで、人々は外から持ち込んだサツマイモと鶏により生きていく。
 食糧獲得のための農耕に余り時間を要さなかったため、人々は余った時間をもっぱら祭礼に向けることになり、島には300を越える祭祀場が作られ、石像は動力となる家畜のいないイースター島では石切り場から祭祀場までの人々は丸太をコロにして人力で引きずったり、各種用途に木を使用したため、森林減少は進んだ。木製のカヌーは作れなくなり、長い航海には耐えられない草で編んだ船だけ、島から逃れることもできず閉じ込められた。
 土壤流失や栄養塩の流れ出し、作物の収量は低下した。1550年には頂点の7,000人を支えきれず、資源をめぐり恒常的な戦乱状態、奴隷使役が普通、食人が始まった。イースター島の森林資源は貧弱なことは島民も認識していたが石像を作り続け300以上の未完のまま石切り場に残し文明は崩壊。
 1774年にイギリス人ジェームズ・クックがこの島の調査をしたときには石像はほとんど倒れ、人口は600-700人程度になっていた。(出典 ポンティング「緑の世界史」)
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by tikyuu_2006 | 2014-07-26 10:04 | 新しい文明の構想

現代文明を疑おう

現代文明を疑おう(その1)(ひろばユニオン2006:3連載)

近づく「地球の限界」--成長主義の暗い影
石井吉徳: 東京大学名誉教授、富山国際大学教授(当時)

豊かさの陰に破壊あり
地球は有限です。人類は物的な無限の成長はできないのです。なぜなら、それを支える地球の資源、森、水、石炭、石油などはすべて有限だからです。一方、世界の人口はすでに64億人(当時)を超え、まだ増え続けます。社会の大量生産も、とどまるところを知りません。廃棄物、ごみは増えるばかりです。

それを循環、リサイクルで何とかしようとなりますが、これにも膨大なエネルギー、今の主力の石油が使われます。現代文明は地球の過去の遺産で存続していることになるのですが、最近、この頼りの石油に陰りが見えてきたようです。しかし、これを認める人は少ないのです。

現代工業社会は指数関数的成長を当たり前と思うようです。その成長主義の頂点にアメリカがいますが、この国の浪費は世界からの借金でまかなわれます。そのお金は日本などが出しています。この世界人口の5%のアメリカが、エネルギーの25%を使うのです。

そして市場主義、アメリカンスタンダードをグローバリゼーションとして世界に普及させます。このマネー原理主義によって、アメリカ国内はもちろん、世界に貧富の格差を作ります。いま世界で紛争が激化しています。世界の何かが変わりつつあると思わねばならないのです。地球の限界に当面しているのでしょう。しかし、科学技術が進歩すれば、市場に任せればと言う人が大勢ですが、本当にそうでしょうか。

人類の歴史、文明史は、「森を失った文明」が滅ぶことを教えていますが、人類はそれを教訓とすることができないようです。昔も今も人類は森を大事にしませんでした。 写真は、世界遺産に指定され、辛うじて生き残ったレバノン杉、数千年の遺影です。以前、深い杉に覆われていたレバノンも、今はこのような林が所々に残るだけです。

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かろうじて残る、樹齢数千年のレバノン杉(1996年、撮影・川村徒最子)

このようにして、人間の森林破壊は今も続きます。最後の熱帯林といわれるアマゾンの森も、アメリカのハンバーガー用の牛の放牧ため伐採されますから、アメリカ人はアマゾンの森を食べているといえます。そして今では、世界の森は半減してしまいました。

タイの沿岸では広大なマングローブ林が伐採され、エビが養殖池で育てられます。しかし過養殖、過度の化学物質の投入などで池は数年で駄目になるそうで、次々とマングローブ林は破壊されていきます。エビは日本が最大のお得意さんとのことですから、日本人はタイのマングローブを食べているといえるのです。また、環境に優しいとされるヤシ油は、マレーシアの熱帯林を破壊して生産されます。これも大きな矛盾です。

石油が消える?
現代は石油文明と言われます。この常温で流体の石油が、車社会、ひいては現代の大量生産社会を可能としました。この意味で石油は「社会の生血」なのです。ところが最近は、大油田があまり発見されなくなりました。市場原理も技術の進歩も、地球の限界には勝てないからです。今はかつての石油発見のストックを食いつぶして、人類は現代の発展を維持しているといえます。

発見のピークは今から40年も前のことでした。生産は増える一方ですから、かなり早い時期、例えば2010年前にも石油生産は減退期に入ると警告する人が増えてきました。そうかもしれないのです。需要に生産が追いつかなくなるのですが、これを「石油ピーク」と彼らは呼んでいます。早晩「高く乏しい石油時代が来る」ことでしょう。

「石油ピーク」の影響は、まず車、船、航空機などの運輸システムに現れるでしょう。これはグローバリゼーション、国際物流のあり方を一変させ、そして国際企業の仕組みを激変させるかもしれません。原油の価格の高騰から船賃はすでに高騰し、航空運賃も上昇しました。

これはグローバリゼーションの逆、すなわち集中から分散、地産地消(地域で生産されたものを地域で消費すること)の時代の到来を暗示するようです。人類生存の原点は言うまでもなく食料ですが、今の日本は世界中から食料を輸入します。自給率は40%と世界でも最低水準です。野菜ですら日本で作らないのです。この農業も石油から作る化学合成物質なしには存続しません。石油が滞ったら日本はどうなるのでしょうか。

「沈黙の春」はそこに
私は60年ほど前、富山市の郊外で育っています。子供の頃、夏には蛍が、秋にはうるさいほど赤トンボが飛び、田圃にはタニシ、ヒルなどが沢山いたものです。小川のくぼみに手を入れると、フナが跳ね、メダカも沢山いました。それから半世紀余、今は富山市郊外の大学にいます。田園風景は広々と豊かに見え、遠方には立山連峰が望めます。大学のキャンパスには時折、日本カモシカが来るほどです(写真)。

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筆者が教鞭をとる富山国際大学キャンパスに現れた日本カモシカ(2002年、撮影・上坂博亨)

ですがある時、妙なことに気づきました。田園が静か過ぎるのです。車以外の音がほとんど聞こえない。動くものがいない。鳥もいない。蝶が飛ばない。蚊すらほとんどいない。子供の頃、うるさいほどいた赤トンボもあまり見かけません。そして空には「トンビが飛ばない」ことに気づきました。
「トンビが飛ばない」ということは、食物連鎖の頂点のトンビの餌になる小動物がいないということです。小動物がいないということは、彼らが食べるミミズ、虫などがいないということです。

この発見は私にとって衝撃的でした。考えられる理由はただ一つ、水田に撒かれる農薬、合成化学物質が自然生態系を破壊したということです。
「沈黙の春」(R・カーソン、1962年)が目の前にあったのです。「春になっても小鳥がさえずらない」のは過去のことではなかったのです。石油から作る農薬による土壌破壊です。そして農業機械も石油で動きます。

見直す必要があるのではないでしょうか。これについては後で詳しく述べますが、これからは「自然と共に生きる」「集中から分散」がキーワードとなるでしょう。そして「科学技術で自然を改変、制御する時代」から、「自然と共存する知恵を育てる時代」となるのではないでしょうか。地球が危ないのではなく、いま危ないのは人間なのです。

現代文明は人を本当に幸せにしたでしょうか。内閣府統計によれば「物より心の豊かさを」と願う人が60%に達しています。物余りの中、人間の心はますます貧しくなったからでしょう。GDPで計る経済は、地球の有限性を考慮しないのです。これからは効率を最優先する社会から、知恵を、「物より価値を重視する文明」へと転換すべきではないでしょうか。
http://www1.kamakuranet.ne.jp/oilpeak/hirobaunion/hirobaunion_1.htm
以下次号
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現代文明を疑おう(その2)

大量生産の後始末ーリサイクルの盲点 
分別すればいいのか
地球から資源を大量に収奪し、短サイクルで大量廃棄する――この浪費型の大量消費社会が行き詰っている。自然も、人類の浪費の結果である大量の廃棄物を処理しきれない。美しかった国土にゴミは溜まるばかり。そこでリサイクルを、環境技術を、となる。一見良さそうだが、本当にそうなのだろうか。これが今回の主題である。

国、地方自治体も、そして民間機関なども懸命だが、一向にゴミは減らない。廃棄物は溜まるばかり。規制すれば不法投棄、垂れ流しとなる。本当に困ったことだが、モラルだけの問題ではないのかも知れない。今のリサイクルは社会システムとして基本的な矛盾、問題があるからかも知れない。地球規模問題としての温暖化対策について言えば、これは現代工業化社会が出す気体のゴミである。これも一向に減らない。そこで技術の出番となる。二酸化炭素を海洋、地中に隔離する考えであり、一見良さそうだ。

が、少し考えると分かるが、これとてゴミを自然環境に捨てることに変わりはない。自然に対する無断の不法投棄の類かもしれない。しかもエネルギー使用量は確実に増える。部分の正義は、全体の正義とは限らない。また、「分別すればゴミも資源」も、本来ゴミとは様々な物質が混ざり合い、分散、劣化したものと考えると、それを「完全分別」することには疑問が生ずる。大きな労力、社会的負担を要するからである。一方、鉄くず、古新聞などは昔から再利用されている。社会的にも定着している。その理由は簡単であり、かつ本質的である。「質」がよく、資源として濃縮されているからである。資源とは何かの問題であり、リサイクルの本質がここにある。 

リサイクルを科学する
物とエネルギーの分散、拡散、劣化を扱う科学がある。熱力学と言い、その第二法則が特に重要である。エントロピーの法則ともいう。これを理解すると、ゴミ問題の本質が見えてくる。できるだけ簡単に説明するので、しばらくご辛抱願いたい。

一般論から始める。自然現象は常に拡散、平均化に向かうもので、それを熱力学ではエントロピーが増大すると言う。その逆、エントロピーが減少するときはそこにエネルギーの投入があると教える。一滴の赤インクを水に落としたとする。赤色は自然に拡散する、しかしその逆は絶対に起こらない。このことは経験が教えるが、これがエントロピー則、別に難しくはない。極めて単純なこと、だが最も本質的である。これを更に普遍させれば「自然は起こりやすい方向に進む」となり、その一方向性は絶対である。

これを人の社会に適用すると、ゴミを捨てる人は多いが、集める人は少ないとなる。それは捨てる方が容易だからであり、その方が確率が高いからと言える。だが、散らばった物を集めるには労力が要る。大変である。この労力とはエネルギーのことである。工業化社会も同様に、質の良い資源を使って人工物を作り、最後に捨てるが、これは拡散、混然の過程である、このときエントロピーは増大する。これを上流から下流への流れと説明すると分かりやすい。そしてこの逆、つまりリサイクルには、必ずエネルギーが要ることになる。

要するに、リサイクルは本質的にエネルギー問題なのである。ここでの教訓は、ゴミ問題はまず「上流での減量」が最大のポイントということである。リサイクルは、膨張願望の大量生産型社会の後始末を、下流だけ行おうとする考えである。だから難しいのである。ゴミ問題は物流の原点、上流を減らすのが最も効果的である。化学物質による公害は汚染源の除去が鉄則であるのと、理念は全く同じである。

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現代の工業化社会(石井吉徳、2002年)

分別すれば資源、車のシュレッダーダストでの資源化、廃プラスチックの液体燃料化など、論理を再構築すべきことが少なくない。特にエネルギー技術においては、エネルギー収支(EPR=Energy Profit Ratio)で評価しないとかえってエネルギーを失うことになる。今更ながら循環型社会の構築には「真の科学」が必要なのである。

循環型社会形成推進基本法では、①発生抑制(Reduce)、 ②再利用(Reuse)、③再生利用(Recycle)の3Rが、この順に大切とされている。最初のR(Reduce)、すなわち減量が最も大切である。これは上流が最重要ということである。すぐ廃棄されるようなものを作らない、市民がそのようなものを買わないことである。そして成長の質を問うのである。市場競争原理主義、科学技術万能主義を断ち切るのである。そして市民が制御する、市民のためのコミュニティ社会を構築し、自然と共存する分散型社会を模索するのである。

20世紀型の都市への集中、工業化は、豊富で安い石油あってのものである。そして「常温で流体の石油」が内燃機関を可能としたことも忘れてはならない。前号で述べたように「石油ピーク」は、グローバルな輸送、物の運搬を変えるであろう。物流には海外で作る「見えない物流」もある。通常の「見える物流」と合わせて、日本の総物流は年間57億トンに上る。これら2種をすべてリサイクルしないと論理は整合しない。本文での廃棄物とは、産業廃棄物4億トン、一般廃棄物5千万トン、プラスチック類1千万トンなど。57億トンのほんの一部だが、それでも大いにてこずっている。

「もったいない」の実践を
そこで結論。現代のGDP成長至上主義、商品の短サイクル浪費願望をそのままに、循環型社会を望むのは元来、間違っている、上流の奔流をそのままに、下流だけではリサイクル社会は完結しない。無理な注文である。

日本には「もったいない」という奥ゆかしい言葉がある。浪費なければ成長なしという発想はもう止めよう。Think Globally,Act Locally である。できることは目の前にいくらでもある。例えば、
 
 ・まず減量(Reduce)、再利用、そしてリサイクル。
 ・丈夫なものを選ぶ。買うより修理、捨てない。
 ・石油漬け農業を転換し、有機農業、地産地消、里山を生かす立体農業を。
 ・地域の物々交換、中古品を融通しあう。物を大事に。
 ・買い物袋持参、過剰包装商品は買わない。目方を量って生鮮食料などを買う。
 ・食料、野菜など見た目で買わない。曲がったきゅうりは美味しい。
 ・ペットボトルより水道の水、自動販売機は止める。要らない物を買わない。
 ・車に乗らずに歩く。自転車に乗る。電車、バスなど公共的な乗り物を利用する。


などなど、いくらでも続けられる。皆さんで考え実行すれば政治、社会を変えられる。
http://www1.kamakuranet.ne.jp/oilpeak/hirobaunion/hirobaunion_2.htm
以下次号
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現代文明を疑おう(その3)

GDPの矛盾-脱・成長主義へ知恵を
石油依存社会の危うさ
豊かな石油が支えた20世紀型・効率優先の成長至上主義、マネーがすべての市場主義では人類は持続できない。有限の地球に無限はないからである。 この単純なことに経済学は何も答えられない。技術至上主義も同様である、科学技術が進歩すれば大丈夫と楽観し、エネルギーさえ作り出せる、と思うようである。

地球は有限。成長至上主義では人類は持続できない
近年の21世紀は水素エネルギー源で、などはその典型だが、それは一次、二次エネルギーの区別もできないからである。水素は何か別の一次エネルギー源から作る必要がある。最近では石油の「無機起源説」すら現れた。無限に石油はある、というのである。昔からの「原子力は無限」という話は今も繰り返される。技術万能思想の矛盾である。

このようなバーチャルの論議はむなしいが、現実の世界は厳しい。文明は現実のエネルギーでしか動かない。20世紀型の石油文明において石油減耗は現実のリスクである。石油発見量は64年をピークとして減退の一途、今では生産の4分の1程度でしかない。エネルギー専門家は「オイルサンド、オイルシェール(超重質の炭化水素)がある。心配ない」というが、これは量のみの議論、エネルギーの質が考慮されていないのである。前号で述べたEPR(Energy Profit Ratio=エネルギー収支)が考慮されていない。

思考停止の日本。近づく石油減耗時代をどう生きるのだろうか。巷では「地球が危ない」という言葉があるが、これは人類の傲慢さの現れであろう。いま危ないのは人類の方である。ではどうするか。一般市民に今からでもできることは多い。社会の至る所に蔓延する浪費、無駄を自分で止めることはできる。そうすればその効果に驚かれよう。

世界の森はすでに半減した。水不足も深刻である。河川などの地表水を補うため地下水が大量に使われているが、アメリカの中南部の穀倉地帯のオガララ帯水層の水位低下は顕著である。穀物一トン作るのに水が千トン要る。穀物の輸入は水の輸入なのである。しかもその穀物を家畜に食べさせる肉食の拡大。もったいない。光合成の恵みの無駄遣いである。

現代農業には、農薬、肥料の合成、農耕機械燃料として石油が大量に使われている。石油の生産が減退し、「高く乏しい石油」となる「石油ピーク」。石油ピークは「食料ピーク」なのである。地球の水産資源も無限ではない。漁獲量もピークを過ぎたようである。大量の魚が養殖され、抗生剤すら投与される。どこかおかしい。これも石油依存の営みである。

石油減耗時代の参考になる見本が2つある。旧ソ連からの石油支援が途絶えて飢えた北朝鮮と、有機農法、自然に回帰し、飢えなかったキューバである。脱石油戦略は自然との共存が要であるが、日本の地勢を生かす生存の知恵が課題である。

石油は重要な合成化学の原料である。氾濫するプラスチックなしに現代社会は成り立たない。石油は「文明の生き血」であり、石油ピークは「文明ピーク」なのである。

心を蝕む「成長主義」
経済はGDPで計る。その無限成長が当然視されているが、これは地球の有限性と調和しない。GDP成長によって環境破壊が起きたとする。それを修復すればまたGDPが成長する。GDPは年率何%で表現するが、これは指数関数的増大を意味する。本当にこれで良いのだろうか。

効率優先の成長主義はマネー主義となり、マネーは人心を蝕むようである。企業モラルの低下、マネーゲームの氾濫は目を覆うばかり。真面目に働く人々が報われない。市場主義は強者必勝、勝者がすべてを獲る仕組みである。これで良いのか。成長がすべての現代社会だが、石油ピークはその見直しを求めている。今のままでは人類は持続できそうにないからである。これは文明が変わるレベルのことであり、大変な難問である。だが考える道筋、優先順位はそれほど難しくない。

まず、あらゆる機会を捉えて石油を確保する。石油ピークは「枯渇」のことではないからである。私が「石油減耗」と言う真意はここにある。同時に石炭、原子力など、在来型のエネルギーインフラも徹底的に見直す。なぜならこれらは豊富な石油を前提としているからである。 「石油は常温で流体である」ことを忘れてはならない。20世紀型の工業化文明は車の大量生産から始まっている。したがって石油減耗の影響は、まず運輸システムに現れよう。当然、低運賃を前提とするグローバリゼーションは大打撃を受けるが、これは食料の大半、原料のほとんどを海外に依存する日本にとって一大事である。

▲ブッシュ米大統領は1月の一般教書演説の中で「石油依存からの脱却」を表明。
 
「第3の経済学」を
これからは、真の国際競争力とは何かが問われよう。大きいことは良いこと、経済大国などという価値観は時代遅れとなるかもしれない。 自然エネルギーは大切だが、その本質が分散的と考え、むやみに大型、ハイテクを望まず、日本の地勢、自然に合った工夫をする。分散社会にどのように自然エネルギーを取り込むか、である。その判断にはEPRが不可欠、エネルギー収支を考える習慣をつけたい。そして地域分散、自然農業、地産地消を考えていく。新しい雇用も生むはずである。

地球の限界を認識する、資本主義でもマルクス経済学でもない「第三の経済学」、ニコラス・ジョージェスク=レーゲンがいう、エントロピー論(熱力学の第二法則)に基礎をおく経済学が必要である。そして日本の奥ゆかしい言葉「もったいない」を思い起こそう。

昨年、小泉首相は「脱石油戦略を」と述べ、今年1月の施政方針では「もったいない」を強調した。そして「むすび」の言葉は「志」であった。ブッシュ米大統領も、先の一般教書で「脱石油依存症」を宣言し、現在捨てられている植物繊維などから――食べられるトウモロコシやサトウキビでなく――エタノールを作る研究に資金を投ずる、と述べた。我々の数年に及ぶキャンペーンが、ようやく実を結びつつある。
http://www1.kamakuranet.ne.jp/oilpeak/hirobaunion/hirobaunion_3.htm
以上で連載を終えるが、まだまだ説明不足。私のホームページをぜひご参照頂きたい
http://www1.kamakuranet.ne.jp/oilpeak/
以上で連載完結(ひろばユニオン:2006)
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by tikyuu_2006 | 2014-07-24 17:49 | 新しい文明の構想

地球温暖化問題と世界の政治、経済

●地球温暖化問題をいかに世界政治と経済の歴史的流れの中に位置づけるか
アラスカ大学国際北極圏研究センター 赤祖父俊一 (2009年7月)

 米国は彼らの自動車産業を主製造産業から外し、日本に任せたに違いない。オバマ政権と米国民は衰退している自動車企業に税金を使ってできる限りのことはしたと思っている。そして彼らがよい電気(ガソリンを使わない)自動車で成功することを希望している。
 これは何を意味するであろうか。製造産業の歴史をひもとくと、先進国は次々と後進国に主製造産業を奪われている。英国の織物産業は米国に奪われ、米国は日本に奪われ、日本は中国に奪われた。英国の製鉄産業は米国に、そして日本に、そして中国その他の国に奪われた。英国の自動車産業は米国に(主としてGM)、そして日本(トヨタ、ホンダ)に、そして将来中国に奪われるであろう。この歴史の流れは必然のものであり、誰も止めることはできない。(米国は英国より財政産業を奪ったが大失敗し、世界的経済後退をもたらした。)

 それでは米国は次の主製造産業として何を選ぶのであろうか。オバマ政権は原子力産業を選んだようである。

 原子力産業を選ぶ重要な理由がある。第一に、米国では電気エネルギーはこれからますます必要になるので確保する必要がある。加えて石油(および政治的に不安定な石油産出国)依存から脱却するためでもある。石油産出は50年後には大きく減少するであろうし、また高価なものになる可能性が高い。電気自動車を奨励しているが、その電力を確保しなければならない。さらにまた、石油輸入による大赤字を止めなければならない。したがって石炭発電から原子力発電への移行は必ずしも地球温暖化防止のためではない。良い口実である。これは順を追って明らかになる。

 それでは、地球温暖化問題はいかに原子力問題に関係しているか。この問題を理解するためには地球温暖化問題はどのようにして生まれてきたのかを知る必要がある。1980年代、当時の英国首相マーガレット・サッチャーは英国の将来は原子力発電なしには不可能という結論に達したが、英国民の猛烈な反対を受けた。ちょうどその当時、極めて粗雑な地球温暖化のコンピュータ・シミュレーションの結果が発表され、CO2の削減をしないと将来(2000年以降)、大災害、大異変が起きるということになった。サッチャー首相は原子力発電反対に対して地球温暖化をもって対向すればよいと考えたようである。彼女は英国民に原子力か地球温暖化による大災害、大異変のどちらを取るかを選ばせようとした。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は彼女の強い保証と支援なしには設立されなかったであろう。彼女は地球温暖化問題をさらに研究するためにハドレー気候研究センターを設置した。当時、気候学はあまり日の目を見ない学問であった。もともと新聞記事になるような学問分野ではなかったが、一躍脚光を浴びることとなった。したがって、CO2説は科学の一つの仮説としては妥当であるが、IPCCはその誕生から原子力に関係し、「一週間後の天気さえ予報できないのに、どうして世界の終焉が予測できるか」という疑問は最初からあったが、IPCCは大災害、大異変を予報しなければならない運命をもっていた。

 当時、世界の報道は冷戦の終末時であったので、次の大きなニュースを模索していた。地球温暖化による大災害、大異変は彼らの理想的な材料になり、温暖化の想像的大異変を毎日のように報ずることになった。

 それならば、この地球温暖化問題とIPCCはオバマ政権の原子力産業推進に関係しているのか。それはもし原子力産業だけを取り上げて推進しようとすると、米国民から大反対を受ける可能性が高いからである。スリーマイル島原子力発電所の事故以来、米国は一基も原子力発電所を建設できないでいる。

 したがって、オバマ政権はサッチャー首相のように、米国民に原子力で現在の生活レベルを保つか、もっと進歩させるか、それとも地球温暖化による大災害、大異変を防ぐため現在の生活レベルを大きく低下させ、例えば電気自動車さえ運転できなくなるかのどちらかを選ばせることになるであろう。

 したがって、オバマ政権にとっては、地球温暖化による災害と異変は大きければ大きいほど原子力産業を推進するためには都合がよいのである。したがって、本当の地球温暖化の科学は、ここでは不必要であり、問題にはならないのである。実際その目的の第一歩として、オバマ政権は原子力エネルギーは“green”(大気汚染がない)、原子力エネルギーは“non-carbon”(CO2を出さない)、そしてCO2は健康に良くない(EPA長官の発言)と宣伝している。CO2が地球生命の源であることなど、問題にならない。

 CO2の赤外線、吸収と発光の物理は十分わかっているが、地球物理学での問題は、ある量のCO2を地球というシステムに放出した場合、地球平均気温が何度上昇するかという難問を取り扱う。したがって、この科学が原子力についての政治決定とゴア前副大統領をはじめとするプロパガンダに対向するのは全く意味がなく、無駄である。

 この問題で一つ述べておく必要があるのは、地球についての我々の知識はまだ極めて不十分であるのに、IPCCのコンピュータを基礎とする気候学者はあまりにも自信過剰であり、科学者として傲慢ではないかということである。気候の自然変動を無視し、雲の科学さえまだ未知のことが多いのにコンピュータ・プログラムに頼って2100年の気温を予測できると言うのである 。コンピュータはロボットと同様にプラグラムで教えられたことしかできない。プログラムが誤っていたり、不十分であれば、答えは当然誤っているか不十分である。これは学問の世界では当たり前のことであり、プログラムというものは批判されて改良されていく。それでこそ学問は進歩するのである。にもかかわらず、IPCCは反対する者を反逆者扱いし、この生まれて間もない学問を直接国際政策舞台に持ち込んだのは大きな誤りであった。IPCCの「もう学者としてできることは終わった。あとは政策者の仕事である。」というような発言は、とんでもないことである。

 もっとも米国が原子力産業を次の主製造産業と決定し、世界制覇を狙っても米国グループ(米国、日本、ロシア)とフランス・グループとは激しい競争になるであろう。(東芝は米国のウェスティングハウスの株を買ってしまった。)遠い将来には原子力の源になるウラニウムの争奪戦争になるであろう。

 オバマ政権は風力、太陽エネルギーなどを推進しようとしているが、米国の必要エネルギーの10%を供給できるであろうか。(オバマは20%を目標にせよと言っている。)いずれにせよ、80〜90%の将来エネルギーを探さなければならない。日本が知っておくべきことは、米国の石炭はまだ数百年分のエネルギーに相当するとのことである。いざとなれば、十分エネルギーはあるということである。

 いずれにせよ、米国は原子力発電が電力を十分供給できるようになるまで(10〜15年後)、石炭発電を削減することはできない。したがって、米国は国際的CO2削減については現在合意できないであろう。米国は中国とインドが合意しなければCO2削減の合意には意味がないとしているが、他方、米国は中国を米国の工場にしてきた。しかも、米国は中国に莫大な債務がある。したがって、中国の政治と経済が十分のエネルギーで順調でないと、米国は困るのである。中国は米国より「金持ち」であるにもかかわらず、自らを「後進国」とし、先進国がCO2を削減すべきであると発言している。したがって、米国と中国の上述の発言は無意味である。それは両国ともお互いに十分承知していることであろう。IPCCの委員長(インド出身)はCO2削減の上限(キャップ)に応じないと発言した。なぜ日本だけ真面目にこの問題を議論しているのであろうか。さらに、全世界は現在グローバル・キャピタリズムのため、米国の購買力(クレジットでも)に頼っているので、米国経済が順調でなければ困るのである。

 こんな明らかな事実を前にして、各国の首脳の参加している温暖化の世界会議に意味があるであろうか。過去何回も繰り返してきた会議で、何が決まったであろうか。もし地球温暖化による大災害、大異変が真実であるなら、地球温暖化問題の解決は各国首脳のもっとも厳粛な共同責任であるべきである(もっとも、グローバル・キャピタリズムによる環境破壊こそ大問題であるが、それは都合よく忘れられている)。しかし、何回会議を行っても、何も合意できないということは、首脳たちは日本を除いて、IPCCの予測である大災害、大異変を信用していないためではないか。しかし、彼らはIPCCを信ずるとしているので公にはそれを発言することはできない。人類の敵とみなされてしまうからである(ブッシュ前大統領のように)。IPCCがこの問題をそのようにしてしまった。現在までの会議は後進国は先進国からキャップ・アンド・トレードを口実に資金を得ようとし、先進国はそれを防いでいるだけである。今まで、会議で合意したことは次の発議の日時と場所を決めることだけであった。世界戦争より良く、それに比べて安上がりではあるが、こんな会議を何回続けても無意味である。地球温暖化の科学がもっと進歩するまで会議は延期すべきであろう。この問題は決して「待ったなし」の問題ではない。実際にCO2が急速に増加しているから、半世紀以上過ぎた今、まだ大災害、大異変は何も起きていない。世界中の報道が北極圏を訪ねるのは北極圏の気候変動をCO2による温暖化のためと誤報するためである。報じられた現象はどれもCO2に関係しているものとは考えられない。氷河の末端で氷が崩れ落ちるのが良い例である。

 日本では米国とオバマがついに炭酸ガス削減を真剣に考慮していると報じられているが、その背景を十分知るべきである。日本の報道の重大な欠点は調査報告というものがないので、常に「大本営発表」ばかりであることである。国民はそれを真に受けている。ここに書いてある程度のことは科学者を煩わせる必要がない。

 すでに述べたことからわかるように、IPCCは科学研究機関ではない。彼らは巧妙に2500人の「世界のトップレベルの気候学者」を動員し、IPCCに奉仕させた。そしてまた巧妙に「全員一致」の報告を提出したことになっている。2500人の大部分の研究は分厚い報告書として出版されたが、IPCCはこれをあたかも彼らの「政策者のための要約」を支持する書類かのように使った。IPCCの「要約」は必ずしも「全員一致の要約」ではない。すなわち、2500人の研究者はIPCCの目的のために単に奉仕させられたのである。例えば、IPCCは、地球温暖化は予測に反して20世紀後半急激に起きたとしている。しかし、温暖化は1800〜1850年(すなわち、CO2が急速に増加し始めた100年前)から同じ上昇率(0.5℃/100年)で始まっていた。それは地球が経験した小氷河期からの回復(寒かった時からの回復は、温暖化)である。しかし、IPCCはホッケー・スティックとあだ名のついている図を使って小氷河期を無視してきた。小氷河期があったとすると温暖化はCO2の放出が急激になった100年前からすでに起きていたので、都合が悪いからである。2500名の研究者のうち、何人がホッケー・スティックの研究結果を信用しているであろうか。おそらく、その数は少ない。したがって「全員一致」のはずがない。

 2000年頃より、地球平均気温の上昇は止まっている。CO2は急激に増加しているにもかかわらず、である。これは観測された事実である。しかし、IPCCの研究者はいまだにその事実を無視し、一時的変動であろうと言っている。気候学では、10年間同じ傾向のある変化は気候変動とされている。これはCO2による気温上昇を打ち消す未知のものがあるからである。これは小氷河期の回復に乗った準周期変動による可能性が大きい。すなわち、IPCCはCO2の影響を強調したいあまり、いくつかの自然変動を無視してきた。そのため2100年までの予測をしたにもかかわらず、2000年の最初の10年でさえ予測が外れてしまった(週間天気予報は普通少なくとも最初の日は当たる)。これが世界会議を延期すべきもう一つの理由である。各国首脳は国際地球科学の機関に上昇が止まったことについて詳しく研究し、報告してほしいとすればよい。実際は地球温暖化の科学を政治、経済、報道からの介入を避けて純基礎学問に戻すべきである。それで初めて、この学問の順調な進歩が始まるであろう。そうして初めて、我々は地球温暖化の仮説を支持者と反論者として、どちらが多数派か、少数派かということに関係なく討論できる。政治と異なり、科学では少数派が正しいことはしばしばある。
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●地球は温暖化してはいない、そのデータ、グラフなど

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by tikyuu_2006 | 2014-06-11 19:57 | 新しい文明の構想

石油文明は終わる、自然と共存する分散型社会の構想

モノつくりすら変わりつつある
ドイツ発、考える工場 シーメンス・ダイムラーなど連合  日経2014/4/15
 シーメンスやダイムラー、ボッシュなど、ドイツを代表する企業が連合し、ものづくりを根底から変えようとしている。劇的な生産性向上と省エネルギーを実現し、猛追する新興国を引き離して、生産拠点としての強さを固める――。ものづくり大国ドイツが威信をかける「第4の産業革命」は、11兆円超の経済効果も期待される。
ラインに車体が流れ、ロボットが加工する。見た目はどの自動車工場にもある組み立てライン。だが、ものづくりの発想が全く違う。車体とロボットが「会話」しながら組み立てていくのだ。 仕組みはこうだ。車体にはICタグが埋め込まれ、型式や必要部品、組み立て手順などの情報が記録してある。車体はロボットに近づくと「5枚のドアが必要です」などと作業を指示。ロボットは指示を聞いて動く。

 従来の工場は人がロボットに作業手順を覚え込ませる。ロボットはその通り動くだけなので、手違いでラインに違う車体が流れてきた場合、作業ミスを起こす可能性がある。だが、ロボットと車体に「会話」があればその心配は無用だ。データを突き合わせ、間違いなく作業できるからだ。
 品質と低コストの両立には大量生産が必要というのが従来の常識。だが、このシステムが実用化されれば多品種少量の製品を量産品並みのコストでつくる道が開ける。

「社会イノベーション」としての「日本のプランB」 
(07-9作成,その後逐次改訂、2012年7月26日)もったいない学会会長、東京大学名誉教授 石井吉徳

地球は有限、資源は質が全て、石油ピークは食料ピーク、そして文明ピーク
1)脱石油、脱原発の社会、自然エネルギーもEPRで評価、リアリズム重視
2)有限地球観、自然共存の地方分散、世界6位の海岸線、山岳75%、立体農業
3)脱欧入亜、脱グローバリズム、GDPからGPI,マネー資本主義の終焉
4)低エネルギー社会、少子化ほど有利、年長者も働ける社会の構築
5)石油ピークは流体燃料危機、脱車社会、鉄路、公共運輸の重視、自転車利用
6)先ず減量、Reduce(減量)Reuse(再利用)Recycle(リサイクル)、最初のR
7)効率優先の見直し、集中から地域分散、自然と共存、地産地消で60倍の雇用
8)GDP成長より心豊かに、もったいないほどほどに、人の絆を重ずる社会の構築

EPR: Energy Profit Ratio、エネルギー収支比 (EROI:Energy Return On Energy Investedと同義) 
立体農業:300万haの耕地だが、山林500万ha、原野300万ha利用、1億4000万人が生存可 (賀川豊彦による)
流体燃料危機:車、航空機、船舶など、運輸システム崩壊
Recycle (リサイクル):エネルギーが必要、都市鉱山
GPI:Genuine Progress Indicator、真の進歩指標

「日本のプランB」、その趣旨とは、
「地球は有限、自然にも限りがある」
これを理解するのが現代人にとって至難のようである。持続的「発展」と「指数関数」的成長を当然視する現代の工業化社会は際限なく地球からエネルギー・資源を収奪することとなる。その結果、増大するである廃棄物、ゴミなどは自然を地球規模で破壊する。気体のゴミが二酸化炭素であり、地球温暖化の元凶とされる。この意味で地球温暖化も現代社会の「浪費の結果」の一つ、その根本対策は「脱浪費」しかない。
この浪費を支える石油需要に供給が追いつかなった、それを「石油ピーク」と呼ぶ、それはもう来ているかもしれない。脱石油文明は原理的に20世紀の象徴、膨張の逆を行くしかない。この脱浪費には先ず無駄をしないことである。いうまでもなく無駄とは要らないということ、脱浪費は生活水準の低下を意味しない。欧米、特にアメリカ型の大陸で育った浪費型の文明を追従するのはもう止めにしたい、これはグローバリズムに振り回されないという意味でもある。
日本のエネルギー消費は1970年頃は、今の半分程度でしかなかった。人口も今より少なくほぼ一億人、食料自給率も60%以上あった。そして心は豊であった、のではなかろうか。これを目標とすることは如何であろうか。少子化は悪いことではない、石油ピークを機に人口減を日本生存のむしろチャンスと考えたいものである。
石油ピークは車、船、航空機などの運輸システムを直撃する。石油が常温で流体だからだが、それも石炭液化、水素などと思わないこと。先ず車社会を徹底して見直す、幸い欧米に比してまだまだ残る「日本の鉄路」を再認識したいものである。つまり公共運輸機関を整え都市の構造を再構築すれば、地方の活性化、分散社会に通じよう。つまり地方分散を日本の新しい発展の契機とするのである。
食料生産も本来、地産地消が望ましい。そして自然エネルギーの活用もエネルギー密度は低いことを理解して、地方分散型を計ることである。そのような知恵、技術を育てること、従来の規格大量生産、効率至上主義からの脱却する技術が重要なのであろう。その判断基準をエネルギー収支比、EPR(Energy Profit Ratio)で考えるのである。

「石油ピークは農業ピーク、そして文明ピーク」
現代の石油漬け農業から地産地消型を推進する、流行のリサイクルも考え直す必要がある、真の循環社会とは3R(Reduce, Reuse, Recycle)の最初のReduceが大事だからである。
このような全般的な文明、社会改革は新しい雇用を生む筈で、人を大切にする思想を育むものと期待される。そしてこのような日本発の理念が国際的な尊敬をもたらし、日本の存在感は高まろう。アジアの国々との共存にも大きく貢献することであろう。
この理念、思想が「もったいない」であり、そのための具体的な価値判断が「未来へのキーワード、EPR」である。

21世紀、日本主導の未来構想
戦略のない日本はどうなるのか。燃料高騰に始まり、食料、生活物資が次々と値上がりするが、過剰な投機資金のためなどと説明されるが、「有限地球での石油ピーク」が原点にある。温暖化の危機も石油ピークと表裏にある。脱石油文明は「脱浪費」、「もったいない」、冷徹な科学合理的な「日本のプランB」を考えたい。
しかしここで当然のことを述べておく。それは「地球は有限、自然にも限りがある」ということ、当然無限の成長はできない。マネーはいわば「虚の世界」、対して人類が依って立つ「自然の恵み」は「実の世界」である。アメリカのサブプライム問題は、金融工学という「虚の世界創出」のまやかしの崩壊である。
中国もエネルギー資源の制約からいずれ逃れられまい。地球は有限、いずれもう石油ピークが来ているからだ。その文明転換期、中国石炭にも翳りが見え格差社会の歪も大きい。第三のメディア、ネット時代その不満は押さえきれまい。

つまり人類は「実の世界」の有限性に世界的に当面しつつある。これは無限成長、幾何級数的成長の本質的な矛盾である。「3・11後、日本のプランB」とはそのような原理的な視点に立つ。アメリカ型の浪費からの離脱、日本の新しい文明を構想することである。
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by tikyuu_2006 | 2014-04-14 17:44 | 新しい文明の構想

99%の反乱

現代文明、その大いなる歪
2014年3月)ウクライナの騒動、中東の不安定、日本の政治、経済、アカデミズムの展望の無さ、最近の理研STAP疑惑の若い研究者の早大博士論文でのコピペ、そして世界に広がる不安定要因、その根底にあるのは一体何か、2011年11月の3・11後の下記Blog内容、3年後も変更する必要がないようだ、むしろ再確認させられている、その根底には成長至上主義のマネーばら撒きは資源制約、有限地球下での社会格差の更なる拡大である。

2011年11月)ウォール街のデモ、社会指導層からの若者の離反、世界の不安定、擾乱の根本には現代社会,文明の大きな歪がある。図のような超格差社会、トップ1%のあまりの強欲、度が過ぎている。99%の不満、反乱が理解できる。
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by tikyuu_2006 | 2014-03-18 11:19 | 新しい文明の構想

エントロピーと社会、文明

「生命とは何か 物理的にみた生細胞」、エントロピーの視点

量子力学の巨人、シュレーディンガー著「生命とは何か 物理的にみた生細胞」から現代の混迷する社会への教訓をどうぞ、
 生命体は周囲の環境から負エントロピーを絶えず取り入れなければならない、食べ物とは負エントロピー物質、これが物質代謝の本質で、生物体は生きるために創り出されるエントロピーを常に外へ棄てている。
 表現を変えると「エントロピーを低く保つ、それが生命現象の本質」で、生態系の秩序はかくして保たれる。良質の食糧を摂取し排泄する動物、人類文明にも良質のエネルギーが欠かせないが、社会秩序もリーダーの質が大事なのです。
 もうお分りでしょう、石油減耗で文明が衰退することの意味が。無能なリーダで社会が混迷することも。ではどうするかだが、自浄能力のない高エントロピー指導者、集団は代えるしかない、そのためでしょうか古代から革命が繰返されました、知的革命が望ましいが。
 もう一つ、エントロピーとは経験則、数学で証明することでない。赤インクをコップの水に落せば拡がる、これがエントロピー増大、自然現象は確率の高い方向に進むが、この一方向性は絶対、逆は起らない、皆さんが日常経験するように。
 数多の自然法則で、エントロピー則だけが絶対といわれます、他は暫定的、ニュートン力学もそう、量子力学の質量無限大で成立しています。宇宙は膨張しています、これは永遠のエントロピー増大の過程、人間はその流れの「ゆらぎ、陽炎」のような存在でしかない、争わず幸せに生きたいですね。

生命とは何か - Wikipediaja.wikipedia.org
『生命とは何か』(せいめいとはなにか、原題:What is life?)は、1944年に物理学者エルヴィン・シュレーディンガーによって刊行された著作である。副題は『物理的に見た生細胞』とされている。
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by tikyuu_2006 | 2014-01-30 17:05 | 新しい文明の構想

「青春」 サミエル・ウルマン

青  春 サミエル・ウルマン

青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心,こう言う様相を青春と言うのだ。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。曰く「驚異えの愛慕心」空にひらめく星晨、その輝きにも似たる事物や思想の対する欽迎、事に處する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。

人は信念と共に若く、人は自信と共に若く、希望ある限り若く
疑惑と共に老ゆる、恐怖と共に老ゆる、失望と共に老い朽ちる


大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、偉力と霊感を受ける限り人の若さは失われない。これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。
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原文  YOUTH Samuel Ullmann

Youth is not a time of life-it is a state of mind; it is a temper of the will,a quality of imagination, a vigor of the emotions, a predominance of courage over timidity, of the appetite for adventure over love ease.
No body grows only by merely living a number of years; peoples grow old only by deserting their ideals. Years wrinkle the skin, but to give up enthusiasm wrinkles the soul. Worry, doubt ,self-distrust, fear and despair-these are the long ,long years that bow the head and turn the growing spirit back to dust.

Whether seventy or sixteen, there is in every being's heart the love of wonder, the sweet amazement at the stars and the starlike things and thoughts, the undoubted challenge of events, the unfailling childlike appetite for what next, and the joy and the game of life.

you are yang as your faith, as old as doubt ;
as young as your self-confidence, as old as your fear;
as young as your hope, as old as your despair.


So long as your heart receives messages of beauty, cheer, courage, grandeur and power from the earth, from man and from the Infinite so long as your young.
When the wires are all down and all the central place of your heart is covered with the snows of pessimism and the ice of cynicism, then you are grown old indeed and may God have mercy on your soul.

Given to Mc carthur some years ago by John
W. Lewist is based on a poem written by the late
Samuel Ullmann of Birmingham, Ala.

http://home.h03.itscom.net/abe0005/ikoi/seishunn/seishunn.htm
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by tikyuu_2006 | 2014-01-17 17:06 | 新しい文明の構想