OPEC石油増産見送り:当たり前である、そこで日本はどうする?

石油輸出国機構が5日、石油増産せずに2725万バーレル/日に据え置くと決めた。当たり前である。石油収入は原油高でそれなりに潤っている。しかも生産余力はもうない、2005年5月が「原油」生産はピークだったアメリカの公的なデータがそう語っている。
いまOPEC域内では人口は増え、石油消費は増大している。石油以外に何もないこれらの国々が、これ以上埋蔵量を減らしてまで先進工業国に協力する義理、必要などはない。これも「当たり前」、むしろ未来世代のために少しでも残しておくの筋であろう。

「お爺さんはラクダに乗っていた、親父は高級車に、今は自家用ジェット機に乗る、だがその子はまたラクダに」とならないように、識者は考え始めたのか。私が彼の地のリーダだったら増産などしない。

原油高騰は投機マネーによる、も疑いの余地はない。今後も乱高下しつつ更に高値となろう。ペットボトルの水より安いガソリンがむしろ異常なのである。

サブプライムローンもある、加えて日本の超低金利マネーが世界を巡る。これに庶民の受けるべき金利をゼロにして資金供給する日銀の政策も、と思うが僻目であろうか。
このような大規模なマネー供給が原油価格を翻弄する、これも当たり前。市場至上主義はそれを認めなければならないのでは、自由放任がその根本原理だから。

しかし新聞もテレビが語らない重大なことがある、それは「石油ピーク」だ、OPECにはもう生産余力などない。
世界で最も脆弱でリスク感覚欠落の暢気日本への忠告、また繰り返す、「脱浪費、無駄をしない」ことである。

これは温暖化対策についても同様、たとえば2050年に50%減にも「もったいない」をスローガンとしたいもの、排出権取引、二酸化炭素の海洋、あるいは地中投棄、バイオ燃料などの技術論ではなく。石油文明の黄昏である、小ざかしい「わかったつもり」の小手先の議論では駄目なのである。真に冷徹な科学の論理で国益を守る必要がある。
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by tikyuu_2006 | 2007-12-06 09:59 | 石油ピークとは
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