「二つの国民」が住む日本:格差社会のもたらしたもの

経済成長至上のアメリカ追従の政策、政治は、日本に歪んだ格差社会を生んだ。この国は美しくなどなかった、自民大敗はその証左である。だが勘違いしてはならない、これは民主党が素晴らしいということでもない。

成長主義に潤った格差上位の政財界のトップ、社会のエリート、指導者などは勝者、格差下位の地方、中小企業、庶民、社会的弱者などは敗者である。今の日本の国民は、二分されている。 「二つ国民が住む」のである。 ほぼ半々、世論も二分される。
今も利子ゼロ政策を続け、庶民の得るべき利子を勝者に移転する。その低利子の日本マネーが世界のマネーゲームを培養する。そして自らもマネーゲームのお得意な日銀総裁、今の日本社会の矛盾を述べれば切がないほどである。 マネーが全てとなった日本、人は心を失った、誇りを喪失したようである。しかし 「もう一つの国民」はよく見ていた、自民大敗はその付けでしかない。

日本は、いまでは「勝ち組と負け組み」の「二つの国民」が住む国となった。そして首都圏、中部、関西の3圏に日本の人口の半数が住む、そして過疎の地方。もったいない狭い日本列島の使い方である。

ではどうするかだが、私は繰り返してきた。「地球は有限、自然にも限りがある」、永遠の膨張、成長は原理的にありえない、これからは「脱浪費」、「もったいない」である、と。
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by tikyuu_2006 | 2007-10-01 05:22 | これからの日本
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