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地球寒冷化を示すグラフ
名古屋大学 小川克郎名誉教授による、地球寒冷化を示す最新の研究成果です。


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# by tikyuu_2006 | 2012-05-22 07:57 | これからの日本 | Trackback
日本のエネルギー戦略

世界のエネルギー利用実態から、先ず考える

これから分かるとおり、石油、天然ガス、石炭などの化石燃料で85%以上、原子力は6%ほどである。そして石油は流体燃料で多目的である。 原発は電気のみ、期待の自然エネルギーは、まだまだ、これからである。

原子力は日本においても10%程度、単純計算でその10倍にならないと現代文明を支えるレベルとならない。しかのウラン資源も有限である。核燃料リサイクルをと日本は推進したが、未だ技術的にも全体の量においても国を支える位置にない。

楽観的なかっての2050年シナリオ、3・11で見直されている、

最近はシェールオイルなども加わったが、そのネット・エネルギー、EPR(EROI、EROEIと同義)が課題、むしろエネルギー損失とみられる、非在来型の見かけの量、楽観論に騙されないこと。
EPR=Energy Profit Ratio、EROI=Energy Return on Investment、EROEI=Energy Return on Energy Invested


カナダのオイル、タールサンドはEPRは低い、1,5程度だが、自然環境破壊は凄まじい。今は放置されているが、それを修復するとなるとEPRは1.0以下、つまりエネルギー損失となる。




再生可能、自然エネルギーに今後期待されるが、その理念、戦略を整理する。
1)先ずその質を、EPRで見積もる、
2)定常的か、間歇的であるか、
3)電力系統に結ぶか、或いは地産地消的に利用するか、
4)

など、逐次追加予定・・・・・・(未完)
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# by tikyuu_2006 | 2012-03-05 10:06 | これからの日本 | Trackback
知られざる現実、石油ピーク
石油文明の黄昏

地球は有限、資源は質が全て、それを理解するのが現代日本の最大の課題である。根拠のない楽観論は問題解決を遅らせるのみ、それが文明崩壊の道程である。

K.Hubbert(1903~1989)の唱えた石油ピーク(1956)


老衰した油田

衰退した原油ポンピング

資源は質が全て、量ではない、特にエネルギーは収支比、EPR=Energy Profit Ratioが全てである。若い元気な油田はそれが100と高いが、いずれ20,10と減退する。 
油田は在来型というが、カナダのオイルサンドなどは非在来型という、そのEPRは1.5と低く、広大な環境破壊を伴う。それを修復すならEPRはもう1.0以下、つまり総合的にエネルギー損失である。

如何に石油が優れた資源、しかも多目的であるか、今更ながら認識することである。これがエネルギー問題を考える原点である。
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# by tikyuu_2006 | 2012-03-05 09:11 | これからの日本 | Trackback
「津浪と人間」:寺田寅彦(1933)
「天災は忘れて頃にやってくる」 地球物理学者、寺田寅彦の有名な警告です。これが3・11の前に真剣に読まれていたら、今回の津波による悲劇は避けられたのです。1933年に書かれた「津波と人間」、改めてご覧下さい。3・11はこれに原発の事故が、心無い安全神話によってもたらされました。これは人災、津波とは違って避けられたのです。

昭和八年三月三日の早朝に、東北日本の太平洋岸に津浪が襲来して、沿岸の小都市村落を片端から薙なぎ倒し洗い流し、そうして多数の人命と多額の財物を奪い去った。明治二十九年六月十五日の同地方に起ったいわゆる「三陸大津浪」とほぼ同様な自然現象が、約満三十七年後の今日再び繰返されたのである。

同じような現象は、歴史に残っているだけでも、過去において何遍となく繰返されている。歴史に記録されていないものがおそらくそれ以上に多数にあったであろうと思われる。現在の地震学上から判断される限り、同じ事は未来においても何度となく繰返されるであろうということである。

こんなに度々繰返される自然現象ならば、当該地方の住民は、とうの昔に何かしら相当な対策を考えてこれに備え、災害を未然に防ぐことが出来ていてもよさそうに思われる。これは、この際誰しもそう思うことであろうが、それが実際はなかなかそうならないというのがこの人間界の人間的自然現象であるように見える。

学者の立場からは通例次のように云われるらしい。「この地方に数年あるいは数十年ごとに津浪の起るのは既定の事実である。それだのにこれに備うる事もせず、また強い地震の後には津浪の来る恐れがあるというくらいの見やすい道理もわきまえずに、うかうかしているというのはそもそも不用意千万なことである。

しかしまた、罹災者りさいしゃの側に云わせれば、また次のような申し分がある。「それほど分かっている事なら、何故津浪の前に間に合うように警告を与えてくれないのか。正確な時日に予報出来ないまでも、もうそろそろ危ないと思ったら、もう少し前にそう云ってくれてもいいではないか、今まで黙っていて、災害のあった後に急にそんなことを云うのはひどい。

すると、学者の方では「それはもう十年も二十年も前にとうに警告を与えてあるのに、それに注意しないからいけない」という。するとまた、罹災民は「二十年も前のことなどこのせち辛い世の中でとても覚えてはいられない」という。これはどちらの云い分にも道理がある。つまり、これが人間界の「現象」なのである。

災害直後時を移さず政府各方面の官吏、各新聞記者、各方面の学者が駆付けて詳細な調査をする。そうして周到な津浪災害予防案が考究され、発表され、その実行が奨励されるであろう。

さて、それから更に三十七年経ったとする。その時には、今度の津浪を調べた役人、学者、新聞記者は大抵もう故人となっているか、さもなくとも世間からは隠退している。そうして、今回の津浪の時に働き盛り分別盛りであった当該地方の人々も同様である。そうして災害当時まだ物心のつくか付かぬであった人達が、その今から三十七年後の地方の中堅人士となっているのである。三十七年と云えば大して長くも聞こえないが、日数にすれば一万三千五百五日である。その間に朝日夕日は一万三千五百五回ずつ平和な浜辺の平均水準線に近い波打際を照らすのである。津浪に懲りて、はじめは高い処だけに住居を移していても、五年たち、十年たち、十五年二十年とたつ間には、やはりいつともなく低い処を求めて人口は移って行くであろう。そうして運命の一万数千日の終りの日が忍びやかに近づくのである。鉄砲の音に驚いて立った海猫が、いつの間にかまた寄って来るのと本質的の区別はないのである。

これが、二年、三年、あるいは五年に一回はきっと十数メートルの高波が襲って来るのであったら、津浪はもう天変でも地異でもなくなるであろう。

風雪というものを知らない国があったとする、年中気温が摂氏二十五度を下がる事がなかったとする。それがおおよそ百年に一遍くらいちょっとした吹雪ふぶきがあったとすると、それはその国には非常な天災であって、この災害はおそらく我邦の津浪に劣らぬものとなるであろう。何故かと云えば、風のない国の家屋は大抵少しの風にも吹き飛ばされるように出来ているであろうし、冬の用意のない国の人は、雪が降れば凍こごえるに相違ないからである。それほど極端な場合を考えなくてもよい。いわゆる颱風たいふうなるものが三十年五十年、すなわち日本家屋の保存期限と同じ程度の年数をへだてて襲来するのだったら結果は同様であろう。

夜というものが二十四時間ごとに繰返されるからよいが、約五十年に一度、しかも不定期に突然に夜が廻り合せてくるのであったら、その時に如何なる事柄が起るであろうか。おそらく名状の出来ない混乱が生じるであろう。そうしてやはり人命財産の著しい損失が起らないとは限らない。

さて、個人が頼りにならないとすれば、政府の法令によって永久的の対策を設けることは出来ないものかと考えてみる。ところが、国は永続しても政府の役人は百年の後には必ず入れ代わっている。役人が代わる間には法令も時々は代わる恐れがある。その法令が、無事な一万何千日間の生活に甚だ不便なものである場合は猶更なおさらそうである。政党内閣などというものの世の中だと猶更そうである。

災害記念碑を立てて永久的警告を残してはどうかという説もあるであろう。しかし、はじめは人目に付きやすい処に立ててあるのが、道路改修、市区改正等の行われる度にあちらこちらと移されて、おしまいにはどこの山蔭の竹藪の中に埋もれないとも限らない。そういう時に若干の老人が昔の例を引いてやかましく云っても、例えば「市会議員」などというようなものは、そんなことは相手にしないであろう。そうしてその碑石が八重葎やえむぐらに埋もれた頃に、時分はよしと次の津浪がそろそろ準備されるであろう。

昔の日本人は子孫のことを多少でも考えない人は少なかったようである。それは実際いくらか考えばえがする世の中であったからかもしれない。それでこそ例えば津浪を戒める碑を建てておいても相当な利き目があったのであるが、これから先の日本ではそれがどうであるか甚だ心細いような気がする。二千年来伝わった日本人の魂でさえも、打砕いて夷狄いてきの犬に喰わせようという人も少なくない世の中である。一代前の云い置きなどを歯牙しがにかける人はありそうもない。

しかし困ったことには「自然」は過去の習慣に忠実である。地震や津浪は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである。紀元前二十世紀にあったことが紀元二十世紀にも全く同じように行われるのである。科学の方則とは畢竟ひっきょう「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。

それだからこそ、二十世紀の文明という空虚な名をたのんで、安政の昔の経験を馬鹿にした東京は大正十二年の地震で焼払われたのである。

こういう災害を防ぐには、人間の寿命を十倍か百倍に延ばすか、ただしは地震津浪の週期を十分の一か百分の一に縮めるかすればよい。そうすれば災害はもはや災害でなく五風十雨の亜類となってしまうであろう。しかしそれが出来ない相談であるとすれば、残る唯一の方法は人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するより外はないであろう。

科学が今日のように発達したのは過去の伝統の基礎の上に時代時代の経験を丹念に克明に築き上げた結果である。それだからこそ、颱風が吹いても地震が揺ゆすってもびくとも動かぬ殿堂が出来たのである。二千年の歴史によって代表された経験的基礎を無視して他所よそから借り集めた風土に合わぬ材料で建てた仮小屋のような新しい哲学などはよくよく吟味しないと甚だ危ないものである。それにもかかわらず、うかうかとそういうものに頼って脚下の安全なものを棄てようとする、それと同じ心理が、正しく地震や津浪の災害を招致する、というよりはむしろ、地震や津浪から災害を製造する原動力になるのである。

津浪の恐れのあるのは三陸沿岸だけとは限らない、寛永安政の場合のように、太平洋沿岸の各地を襲うような大がかりなものが、いつかはまた繰返されるであろう。その時にはまた日本の多くの大都市が大規模な地震の活動によって将棋倒しに倒される「非常時」が到来するはずである。それはいつだかは分からないが、来ることは来るというだけは確かである。今からその時に備えるのが、何よりも肝要である。

それだから、今度の三陸の津浪は、日本全国民にとっても人ごとではないのである。

しかし、少数の学者や自分のような苦労症の人間がいくら骨を折って警告を与えてみたところで、国民一般も政府の当局者も決して問題にはしない、というのが、一つの事実であり、これが人間界の自然方則であるように見える。自然の方則は人間の力では枉まげられない。この点では人間も昆虫も全く同じ境界きょうがいにある。それで吾々も昆虫と同様明日の事など心配せずに、その日その日を享楽して行って、一朝天災に襲われれば綺麗にあきらめる。そうして滅亡するか復興するかはただその時の偶然の運命に任せるということにする外はないという棄すて鉢ばちの哲学も可能である。

しかし、昆虫はおそらく明日に関する知識はもっていないであろうと思われるのに、人間の科学は人間に未来の知識を授ける。この点はたしかに人間と昆虫とでちがうようである。それで日本国民のこれら災害に関する科学知識の水準をずっと高めることが出来れば、その時にはじめて天災の予防が可能になるであろうと思われる。この水準を高めるには何よりも先ず、普通教育で、もっと立入った地震津浪の知識を授ける必要がある。英独仏などの科学国の普通教育の教材にはそんなものはないと云う人があるかもしれないが、それは彼地には大地震大津浪が稀なためである。熱帯の住民が裸体はだかで暮しているからと云って寒い国の人がその真似をする謂いわれはないのである。それで日本のような、世界的に有名な地震国の小学校では少なくも毎年一回ずつ一時間や二時間くらい地震津浪に関する特別講演があっても決して不思議はないであろうと思われる。地震津浪の災害を予防するのはやはり学校で教える「愛国」の精神の具体的な発現方法の中でも最も手近で最も有効なものの一つであろうと思われるのである。

(追記) 三陸災害地を視察して帰った人の話を聞いた。ある地方では明治二十九年の災害記念碑を建てたが、それが今では二つに折れて倒れたままになってころがっており、碑文などは全く読めないそうである。またある地方では同様な碑を、山腹道路の傍で通行人の最もよく眼につく処に建てておいたが、その後新道が別に出来たために記念碑のある旧道は淋さびれてしまっているそうである。それからもう一つ意外な話は、地震があってから津浪の到着するまでに通例数十分かかるという平凡な科学的事実を知っている人が彼地方に非常に稀だということである。前の津浪に遭った人でも大抵そんなことは知らないそうである。(昭和八年五月『鉄塔』)

底本:「寺田寅彦全集 第七巻」岩波書店 1997(平成9)年6月5日発行
底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店1985(昭和60)年
初出:「鉄塔」1933(昭和8)年5月1日
※初出時の署名は「尾野倶郎」。
※単行本「蒸発皿」に収録。

この警告は、東大地球物理学教室の大先輩、寺田寅彦(1878~1935)によりますが、先生はこの2年後、57歳の若さで亡くなられました。(石井吉徳2011年9月3日記)
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# by tikyuu_2006 | 2012-03-03 09:05 | これからの日本 | Trackback
Two Intellectual Systems: Matter-energy and the Monetary Culture
"Two Intellectual Systems: Matter-energy and the Monetary Culture"  by M.K. Hubbert (1903~1989)

During a 4-hour interview with Stephen B Andrews, SbAndrews at worldnet.att.net, on March 8, 1988, Dr. Hubbert handed over a copy of the following, which was the subject of a seminar he taught, or participated in, at MIT Energy Laboratory on Sept 30, 1981.

<石油ピーク論で著名なHubbertは、優れた哲学者でもあった。「マネー」は無限膨張できるが、反して地球は有限、その資源には限りがある、いずれ減耗する。Hubbertはその矛盾、社会問題を繰り返し論じている。晩年、視覚と聴覚の障害に悩まされたそうだが、その論は鋭く本文のごとく本質を突くものだった>

<今世界で最も有名な地球物理学者、M.K.Hubbert:1903~1989、ハバート曲線の名で知られるが、1929年の世界恐慌がマネーシステムの混乱であるに対して、今の石油ピーク問題は、地球資源ベースの減耗、質の低下にある、より根源的な文明問題であると、生涯を通して訴え続けた>

"The world's present industrial civilization is handicapped by the coexistence of two universal, overlapping, and incompatible intellectual systems: the accumulated knowledge of the last four centuries of the properties and interrelationships of matter and energy; and the associated monetary culture which has evloved from folkways of prehistoric origin.

"The first of these two systems has been responsible for the spectacular rise, principally during the last two centuries, of the present industrial system and is essential for its continuance. The second, an inheritance from the prescientific past, operates by rules of its own having little in common with those of the matter-energy system.

Nevertheless, the monetary system, by means of a loose coupling, exercises a general control over the matter-energy system upon which it is super[im]posed. "Despite their inherent incompatibilities, these two systems during the last two centuries have had one fundamental characteristic in common, namely, exponential growth, which has made a reasonably stable coexistence possible.

But, for various reasons, it is impossible for the matter-energy system to sustain exponential growth for more than a few tens of doublings, and this phase is by now almost over. The monetary system has no such constraints, and, according to one of its most fundamental rules, it must continue to grow by compound interest.

This disparity between a monetary system which continues to grow exponentially and a physical system which is unable to do so leads to an increase with time in the ratio of money to the output of the physical system. This manifests itself as price inflation. A monetary alternative corresponding to a zero physical growth rate would be a zero interest rate. The result in either case would be large-scale financial instability."

"With such relationships in mind, a review will be made of the evolution of the world's matter-energy system culminating in the present industrial society. Questions will then be considered regarding the future:
What are the constraints and possibilities imposed by the matter-energy system? human society sustained at near optimum conditions?

Will it be possible to so reform the monetary system that it can serve as a control system to achieve these results?

If not, can an accounting and control system of a non-monetary nature be devised that would be approptirate for the management of an advanced industrial system?

"It appears that the stage is now set for a critical examination of this problem, and that out of such inquries, if a catastrophic solution can be avoided, there can hardly fail to emerge what the historian of science, Thomas S. Kuhn, has called a major scientific and intellectual revolution."
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# by tikyuu_2006 | 2012-02-27 21:55 | 新文明の構想 | Trackback
崩壊するエネルギー基盤、世界はその先に何を見るのか その1/2
石井吉徳 2011年12月13日

3・11と日本
人は自然の恵みで生かされています。今は石油文明、その石油生産がピークにあります。いわゆる石油ピークですが、それは食糧の生産ピークを意味します。そして運輸、合成材料なども殆どすべては石油依存ですから、石油ピークは文明ピークなのです。その石油が減耗しています。石油減耗ですが、私たちの社会はどう変化するのか、それが本論の主題です。

そこに3・11です。地震、津浪だけでも大変な国難なのに福島原発の大災害が重なりました。その危機は今も進行中、広範囲な放射能汚染は被害地、岩手、宮城、福島の東北3県に留まりません。
人間への健康被害、特に幼児、女性の未来が心配です。農業、漁業、そして自然の生態系、あらゆる放射性被害が懸念されます。その影響は数十年と長く、子孫へ引き継がれます。原発廃炉そのものも数十年もかかるようです。

原発安全神話は原子力ムラといわれる人々、政官財の権益構造によって培養されたとされ、知識人、大学もそれに協力したようです。

3・11後、その構造が次第に明るみに出始めました。とくに第三のメディア、ネットがその暴露に貢献しているようです。
日本は3・11によって、全く変わりました、でもその方向性は未だ定まりません。そのためには国の、社会の基本理念は必要です、それを考えるのが本論です。

1.石油減耗時代、新しい価値観が問われている
連日、経済成長、浮揚が話題です。もっと財政支出を、産業・雇用対策を政府は考えよ、との大合唱です。しかしすでに日本は世界最大の借金大国、20年間の日本病は益々重体、そこに東日本大震災です、更なる要求、不満が政府にぶつけられます。
それは可能なのでしょうか、無いものねだりではないでしょうか。何か根本、思考の原点を変えなければならないのではないでしょうか。石油文明を支える「安く豊かな石油」が限界なのです。

1972年のローマクラブの「成長の限界」が現実になっている、と考えます。当時、エコノミストが「限界」を嫌って一斉攻撃し葬ったのですが、それを助けたのがテクノロジスト、技術至上主義でした。成長願望は原発崩壊後も変わらないようです。

「地球は有限、資源にも限りが」、何故理解されなかったか
世界の油田発見ピークは遥か昔の1964年頃でした。そして石油の生産量ピークは2005年、その後は景気の変動とともにプラトーとなっていますが、いずれ原理的な石油減耗時代がくるのでしょう。

(2005年 R.Bartlett 議員が US Congressで証言に使った図)



日本は無資源国と言われますが、昔は金や銀、石炭など豊富でした。けれど採り尽くしてしまった。それがいま地球規模でおこっているのです。でも認めようとしません。
例えば新しい車社会の試みとして、電気自動車が話題ですが、その電池に使われるリチウム資源は南米の塩湖で採れますが、それも自然の蒸発で濃縮された資源です。勿論有限で、環境汚染が激しいのです。

このようなことは日本で話題にしません。そして原子力発電に使われるウランも濃縮されたもの、当然有限です。そこで海水ウランという人が、業界トップにすらいます。エネルギー収支比、EPRがわかっていないのですね。

在来型と非在来型のエネルギーのちがい、本物とそうでないもの、それはEPRで判断するしかないのです。日本では近海に天然ガス資源としてメタンハイドレート豊富と、いろいろな幻想が報道されますが、濃集されていない海底面下の地層中に分散した水和物で、ガス油のように自噴するわけではないのです。そのほか様々な新エネルギーもEPRで見直さないと無限の税の浪費となります。

石油減耗時代はもう来ている
繰り返します、「安くて豊かな石油」が現代の大量生産型の工業文明を支えました。グローバリゼーションのための船の運賃は非常に安く、そのおかげで中国なども鉄鉱石を南米から輸入し鉄を造って輸出する経済が成り立っています。日本も食料の多くを海外から安く輸入できました。

しかし石油減耗で飛行機、クルマ、船など、内燃機関に石油を使う現代の運輸システムは衰退するでしょう。これはグローバリゼーションの終わりを意味します。

流体燃料が支えたグローバリゼーションが衰退すると、食料が安く輸入できないばかりでなく、肥料やトラクター燃料、農薬などに影響がでます。食料生産は低下します。今は食料1キロカロリーを生産するのに、石油を10キロカロリー使っていますから現代の人間は石油を食べているようなものです。

いま世界中で富裕層に富が集まっており、大きな格差社会ができています。石油をベースの経済成長主義は、社会に大きな歪みをもたらしました。日本では年間3万人もの自殺者が出ています、若い人は大学を卒業しても就職できません。地方や一次産業は疲弊し、人々のつながりが希薄となり、心が貧しくなっています。

石油ピーク後はこうした効率優先社会は成り立たなくなりますから、むしろ地産地消型で食料生産にも人手がかかるので、雇用が増えます。風車や小型の水車などは地場産業向き大工さんが造れます。地方で中小企業、産業を育って行くでしょう。そういう視点から見直すと何をすべきか見えてきます。

政治家や大企業のトップ、高級官僚は今の状態を変革しようと思っていない。彼らは今がハッピーで「幸福ピーク」なのです。でもお金持ちでない庶民、とくに若い人は上の人の考えをクールに見ている。政府や企業が煽る、浪費のかけ声に踊りません。直感的に無駄をしてはいけない、無駄の先に未来はないと思っているようです。「もったいない」が分かっているのでしょう。

2008年、リーマンショックの前、トヨタ技術会で、石油ピークについて講演しました。、1000名を超える人が集まりました。その事前打ち合わせで何回か会った若いトヨタ社員は、自分が50~60歳になった時、今のトヨタがこのままでないと直感していました。
一般の国民もクールに見ています。この意味では日本国民の意識は世界の最先端なのかもしれません。石油ピークは文明ピークです、社会の仕組みが大きく変わる、と肌で感じているのかもしれません。

2.石油ピーク、その資源減耗が日本で報じらない、どうしてか
日本は石油ピークの重大さを分かっていません。当たり前のように石油を使っているから、なんとかなるだろうと思っているのでしょうか。石油がどれほど貴重で優れたエネルギー源かが分かっていない、よく言われる喩え、「低く垂れ下がった林檎」はもう取り尽くした、のです。

石油は流体燃料です、内燃機関に欠かせません、プラスチック製品や、農薬、化学肥料、道路のアスファルトなどにもなる多目的資源です。余すところなく全部使える、しかも他の鉱物資源と違って自噴します。石油を「汲み取る」と言うのは大きな間違い、実際は地中から轟音と共に噴き出してくる物質です。このような資源は他にありません。

話題のカナダのオイルサンドは一種の鉱山です。アメリカで有名な、古い頁岩層にわずかに含まれるシェールガスは、水平ボーリンクで水、化学物質を圧入して割れ目をつくり天然ガスと生産しますが、その割れ目の保持に砂粒なども入れます。これは水圧破砕、通常のガス田と違って自噴はしないのです、そしていま環境被害が表面化しています。
そのようのものは非在来型といいますが、それも無限ではないのです。大事に子孫に出来るだけ残しておきたいものです。だから私は先ず脱浪費、もったいない、でと主張するのです。

石油開発で始まった人生、秋田の八橋油田から中東まで
私の専攻は地球物理学、地震や気象、海洋学など、地球を物理的に学ぶ学問です。大学卒業後、帝国石油に入社し秋田の八橋油田の探堀井で見習鉱夫として配属されました。そこで試油テストで櫓が揺れほどの勢いで石油が出るのを体験しました。地球の中にはこんな凄い資源があると感じたました。これは実際に体験しないとわからないでしょう。
その後、石油開発に16年。突然、東大工学部から助教授に招聘されましたが、円満退職に2年かかり、38歳から教育、研究の生活です。
石油開発業界にいた頃、インドネシアに日本が進出しましたが、もう新しく油田を探す場所がほとんど無かったのです。

石油が噴出するのは、中東でも秋田でも最初は同じように凄いものです。しかし日本の油田は早く減耗しますが中東では何十年も続くのです。これは油層の厚さ広がりのスケールが違う、つまり資源量が全く違うからです。例えばサウジアラビアにあるガワール油田は地球最大で、その背斜構造は幅が30㎞、長さが200㎞もあるのです。
こうした超巨大油田は、中東・ペルシャ湾岸のアラブ首長国連邦、サウジアラビア、クウェート、イラク、イランの5ヶ国だけです。面積にすると中東の7%、地球史上の好条件が重なり超巨大油田群が育ったのです。

中東の超巨大油田、地球の大陸移動と深い関係が
今から約2億年前、一つの超大陸が分離する過程でテチス海という内海が誕生しました。当時、地球は温暖化でCO2の濃度が今の10倍、気温は10度程も高かった。この活発な光合成によって藻類や有機物が大量に生産されテチス海に沈殿され、陸からの土砂が集積し堆積盆地となったのです。有機物が長い年月の温度圧力で石油に熟成しました。油層ですが、その盛り上がりの背斜構造は非浸透性の岩石で密閉されないと漏れてしまいます。このようにして油田には上から天然ガス・原油・水が集積した。この地球上の僥倖ともいえる条件でできたのが、中東の巨大油田ですが、もう老年期にあります。

でも地球は広いからまだ探せば良いと思うかもしれません。しかし油田の候補地である堆積盆地の95%はもうわかっています。人は大きな発見しやすい、エネルギーコストが安い資源から採っていきます。ガワール油田は1948年頃、クウェートのブルガン油田は1930年代、イラクのキルクーク油田は1920年代に発見されています。世界の油田発見ピークは1964年頃、それ以降の発見量は減少の一途です。

石油資源は有限でないと専門家は今も言う、何故か
アメリカのエネルギー情報局のデータによると、2005年5月に世界の原油生産量が頭打ちになっています。一方で消費量は増え続けており、すでに石油ピーク,減耗期に入っています。

その象徴がメキシコ湾で起きたBPの海底油田事故です。海底油田も世界最大規模のペルシャ湾では平均水深が30~40メートルで、そこから2000メートルも掘ればよいのです。メキシコの例と違って、櫓は海底に立ち安定しています。メキシコ湾の場合は水深1600メートルもの海底から、さらに3800~4000メートルも掘っています。掘削リグは浮いており、その場にスクリューで自動的に位置を保ちます。そしてリグから伸びた掘削ドリルパイプ、泥水の循環のための長いライザー部分が、リグの爆発炎上によって海底に折れ曲がって落ち、そこから石油が噴出したのです。

資源の「質」、収支比、EPRを理解すること
今ではエネルギーコストのかかる、条件の悪い油田しか残されていません。石油ピークの前と後ではエネルギーの質が違うのです。それを表す指標がエネルギー収支比:EPR(energy profit ratio)、エネルギーの出力/入力比です。この値が高いほど質が良いのです。

初期の油田のEPRは100もありますが、減衰するとEPR10~20ぐらいに低下します。カナダのオイルサンドではEPRは1・5程度です。
バイオ燃料もEPRは低く、コーンエタノールは1以下、エネルギー収支が赤字です。ブラジルのサトウキビだと1以上でしょうが、文明を支えるには最低限EPR10は必要です。

分かりやすい譬えに「ラビット・リミット」があります。インディアンが1のエネルギーを使って、1の食料エネルギーのウサギを捕まえれば、入出力は一緒、EPR1となり生きられます。でも妻を養っていれば2人分、EPRは2、4人家族ならばEPRは4が必要。社会は食料を生産しないメディア、法律家、学者、政治家など大勢ですから、文明社会を支えるには、EPR10は必要となります。余剰エネルギーが文明の維持には必要なのです。

3.太陽、風力など、自然エネルギーは石油代替となり得るか
太陽光発電のEPRはかなり良いケースでも5ぐらい。そして夜、曇りは発電しませんから、今の文明を支えられません。簡単に自然エネルギーで100%とはならないのです。エネルギーミックスがこれからの大きな課題です。

濃縮が資源の必要条件、それが「自然の恵み」ということ
太陽エネルギーは、人間が1年間に使う量の1万倍と専門家も繰り返しますが、いくら量があっても希薄で拡散しているものを濃縮するのにエネルギーが必要です、資源とは自然が濃縮してくれた恵みなのです。

先日NHKで、産油国のアブダビが太陽エネルギーを使って10万人都市を造ると放映していました。しかし夜は太陽は照りません。そして砂漠は年中風が吹いており、砂嵐がきたらフロントガラスが磨りガラスになるような所です。砂漠で太陽発電都市といっても簡単ではないのです。

また水素エネルギーというのも問題です。まず水素は何かの一次エネルギー資源から作れなければならない二次エネルギーです。自然界に水素資源などないのです。メタンを原料として水素は作れますが、メタンそのものが有限資源です。原発で水を電気分解するにしてももロスはあります、そのEPRも気になります。

海水ウランも量は大きいでしょうが、濃縮されていません、集めるのにまたエネルギーが要りますが、原子力関係者に今も海水ウランをと言う人が後を絶ちません。

繰り返しますが、メタンハイドレートは日本の未来の天然ガス資源として喧伝されます。日本近海でボーリング調査などに毎年かなりの税が投入されますが、ガスが自噴するわけでない投入エネルギーがもったいないです。

瓦解した原発安全神話、原子力をどう見る
私は原発絶対反対論者ではありません。原子力関係者は、原子力発電は絶対に安全だと言い続けてきました。その神話に皆、洗脳されてしまった。

聖書の言葉に「耳ある者は聞くべし」。人には耳がない。人は聞きたいことしか聞かないということです。「学者らに心せよ」とも言っています。学者はわかったつもり、本当は知らない。だから学者に注意しなさいと。

原子力発電、温暖化防止、それを推進する専門家、自分で自分を刷り込んでいく。だから福島のようなことが起こる。そこで、私が言いたいのは、正論は繰り返し言い続ける必要があるということです。繰り返し、繰り返し、耳なき人に語り続けねばなりません

日本では電力の30%を原子力発電が占めますが、トータルの一次エネルギーでは10%くらい。つまり原子力発電で全エネルギーを賄うには今の10倍が必要です。それにウラン鉱山の採掘、発電所の建設、輸送、廃棄物処理など全てに石油のインフラが必要です。この点では太陽電池などと同じです。

クリーンといわれる燃料電池のリチウムも有限、リチウム産地のチリでは、採掘によって激甚の環境破壊が起こっています。こうしたマイナス面が日本では全く報道されません。また石炭も当然有限資源ですから、いずれピークを迎えます。

結論を言えば、石油に替わる優れた資源はもうないのです。そして3・11です。日本の原子力神話が瓦解、原発災害は直接、間接に日本中を揺るがしています。その放射能被害は時空間的に計り知れないレベル、何十年と続くのです。

4.地球温暖化研究の最近の成果、CO2削減をどう見る
温暖化は人類最大の危機と思っている人が、今でも大勢です。メディアは2100年には海水面が何mも上昇する、農業も大打撃、森林の生態系変化、北極では白熊が絶滅する、などと危機を煽りますが、最近の冷静な科学研究によると、地球は今むしろ寒冷化しているというのです。

(ASPOによる、CNNで報道される)

このような事実を温暖化懐疑論と決め付けないで、多様な見解があると国民にそのままお知らせすべきでしょう。それが科学的と思います。IPCCの盲従もそろそろ終わりにしないと、国際的な力学に翻弄されます。いまでは排出権取引で日本は損するばかり、原発の放射能汚染のほうが遙かに重大です。

温暖化対策をエネルギー問題として考える
温暖化はエネルギー問題そのものです。でも多くの人はそう思っていません。温暖化についての自然科学的な事実も、正しく伝わっていません。氷河が融ける,白熊が可愛そう、南極半島が今では植物の生えるツンドラ地帯のようになった、21世紀末には何mも海水面が上昇するなどと、脅威は増幅されます。

私は1993年ころ、サウジアラビア、ドバイ、アブダビに行き、アブダビ石油公社(ADNOC)の総裁にも会ったことがあります。大きな総裁室で、窓の外を見れば陽光に照らされる黄色っぽく輝くペルシャ湾が見えました。黄色は、ペルシャ湾は浅いからです。

当初は5分ぐらいの表敬訪問の予定でした。型どおりの挨拶のあと、ちょうど地球温暖化が話題になっていた頃だったので、私はグリーンランドの氷について質問しました。彼は当然氷が溶けて薄くなっていると思っている。私は逆に内陸部では厚くなっていると話しました。「この100年で地球は0・6~0・7度ぐらい温かくなり、水の蒸発量が増えた。しかし年間平均気温がマイナスのところでは、降るのは雨ではなく雪。それが積もって氷となるので、氷がむしろ厚くなっているのだ」、と。

総裁は身を乗り出し、温暖化とエネルギー問題について次々質問。気づいたら1時間以上が経っていました。後で日本大使館の全権大使に「日本人が石油公社の総裁室で、そんなに話し込んだのは初めて」と言われました。そのぐらい珍しいことだった。
当時日本が石油を一番輸入していたのはアブダビで、日本の財界のトップなども訪れていました。しかしビジネスが殆どで、興味を惹く話をする人はおらず、つきあいも薄いものだったようです。一方、ヨーロッパと中東は文化・歴史を含めた長い付き合いがあります。

欧米の国々は、中東の石油埋蔵量に関するデータを豊富に持っている。石油が減耗すれば、温暖化の気温上昇はIPCCの予測を下回ります。彼らはオイル・ピークが分かっての確信犯なのかもしれません。

国際的情報は客観的とは限らない、誇張される石油埋蔵量
国際機関、組織が公に流す「情報」は、元々かなり政治的です。IPCCが基礎とするOPECの公式的な埋蔵量などは、二次、三次的な情報です。地質的なファーストハンド、つまり一次情報以外は情報とは言えません。

1980年代、中東の石油埋蔵量を政府が公表する数字が一挙に増えたことがあった、それは石油生産の枠が埋蔵量に準拠したからで、それぞれの中東産油国が勝手に増やしたに過ぎなかったのです。それでも政府発表ですから、嘘とはいえない。それを集計するのが国際機関ですから、それを政治的な数字と理解するのが常識、それが国際政治です。ですが日本はそこから発想する、大学の先生方も情報不足、そして深くは考えません。

私は1997年のCOP3の時、国立環境研究所の所長として京都会議に参加しました。それは国益がぶつかりあう場所でした。IPCCだけに頼って議論していては戦略的に危ないと感じました。日本は排出権取引などで、世界からお金を取られるだけ、それでは駄目です。長年の欧米追従の癖が抜けない日本の識者です、国際的にとても幼いのです。IPCCの御用学者のようでは、強かなか人々には牛耳られてしまいます、よほど注意しないと。
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# by tikyuu_2006 | 2012-01-15 21:12 | これからの日本 | Trackback
[津浪と人間] 寺田寅彦 1933年
 昭和八年三月三日の早朝に、東北日本の太平洋岸に津浪が襲来して、沿岸の小都市村落を片端から薙
なぎ倒し洗い流し、そうして多数の人命と多額の財物を奪い去った。明治二十九年六月十五日の同地方に起ったいわゆる「三陸大津浪」とほぼ同様な自然現象が、約満三十七年後の今日再び繰返されたのである。
 
 同じような現象は、歴史に残っているだけでも、過去において何遍となく繰返されている。歴史に記録されていないものがおそらくそれ以上に多数にあったであろうと思われる。現在の地震学上から判断される限り、同じ事は未来においても何度となく繰返されるであろうということである。
 
 こんなに度々繰返される自然現象ならば、当該地方の住民は、とうの昔に何かしら相当な対策を考えてこれに備え、災害を未然に防ぐことが出来ていてもよさそうに思われる。これは、この際誰しもそう思うことであろうが、それが実際はなかなかそうならないというのがこの人間界の人間的自然現象であるように見える。

 学者の立場からは通例次のように云われるらしい。「この地方に数年あるいは数十年ごとに津浪の起るのは既定の事実である。それだのにこれに備うる事もせず、また強い地震の後には津浪の来る恐れがあるというくらいの見やすい道理もわきまえずに、うかうかしているというのはそもそも不用意千万なことである。」
 
 しかしまた、罹災者りさいしゃの側に云わせれば、また次のような申し分がある。「それほど分かっている事なら、何故津浪の前に間に合うように警告を与えてくれないのか。正確な時日に予報出来ないまでも、もうそろそろ危ないと思ったら、もう少し前にそう云ってくれてもいいではないか、今まで黙っていて、災害のあった後に急にそんなことを云うのはひどい。」
 すると、学者の方では「それはもう十年も二十年も前にとうに警告を与えてあるのに、それに注意しないからいけない」という。するとまた、罹災民は「二十年も前のことなどこのせち辛い世の中でとても覚えてはいられない」という。これはどちらの云い分にも道理がある。つまり、これが人間界の「現象」なのである。

 災害直後時を移さず政府各方面の官吏、各新聞記者、各方面の学者が駆付けて詳細な調査をする。そうして周到な津浪災害予防案が考究され、発表され、その実行が奨励されるであろう。

 さて、それから更に三十七年経ったとする。その時には、今度の津浪を調べた役人、学者、新聞記者は大抵もう故人となっているか、さもなくとも世間からは隠退している。そうして、今回の津浪の時に働き盛り分別盛りであった当該地方の人々も同様である。そうして災害当時まだ物心のつくか付かぬであった人達が、その今から三十七年後の地方の中堅人士となっているのである。三十七年と云えば大して長くも聞こえないが、日数にすれば一万三千五百五日である。その間に朝日夕日は一万三千五百五回ずつ平和な浜辺の平均水準線に近い波打際を照らすのである。

 津浪に懲りて、はじめは高い処だけに住居を移していても、五年たち、十年たち、十五年二十年とたつ間には、やはりいつともなく低い処を求めて人口は移って行くであろう。そうして運命の一万数千日の終りの日が忍びやかに近づくのである。鉄砲の音に驚いて立った海猫が、いつの間にかまた寄って来るのと本質的の区別はないのである。

 これが、二年、三年、あるいは五年に一回はきっと十数メートルの高波が襲って来るのであったら、津浪はもう天変でも地異でもなくなるであろう。

 風雪というものを知らない国があったとする、年中気温が摂氏二十五度を下がる事がなかったとする。それがおおよそ百年に一遍くらいちょっとした吹雪ふぶきがあったとすると、それはその国には非常な天災であって、この災害はおそらく我邦の津浪に劣らぬものとなるであろう。何故かと云えば、風のない国の家屋は大抵少しの風にも吹き飛ばされるように出来ているであろうし、冬の用意のない国の人は、雪が降れば凍こごえるに相違ないからである。それほど極端な場合を考えなくてもよい。いわゆる颱風たいふうなるものが三十年五十年、すなわち日本家屋の保存期限と同じ程度の年数をへだてて襲来するのだったら結果は同様であろう。

 夜というものが二十四時間ごとに繰返されるからよいが、約五十年に一度、しかも不定期に突然に夜が廻り合せてくるのであったら、その時に如何なる事柄が起るであろうか。おそらく名状の出来ない混乱が生じるであろう。そうしてやはり人命財産の著しい損失が起らないとは限らない。

 さて、個人が頼りにならないとすれば、政府の法令によって永久的の対策を設けることは出来ないものかと考えてみる。ところが、国は永続しても政府の役人は百年の後には必ず入れ代わっている。役人が代わる間には法令も時々は代わる恐れがある。その法令が、無事な一万何千日間の生活に甚だ不便なものである場合は猶更なおさらそうである。政党内閣などというものの世の中だと猶更そうである。

 災害記念碑を立てて永久的警告を残してはどうかという説もあるであろう。しかし、はじめは人目に付きやすい処に立ててあるのが、道路改修、市区改正等の行われる度にあちらこちらと移されて、おしまいにはどこの山蔭の竹藪の中に埋もれないとも限らない。そういう時に若干の老人が昔の例を引いてやかましく云っても、例えば「市会議員」などというようなものは、そんなことは相手にしないであろう。そうしてその碑石が八重葎やえむぐらに埋もれた頃に、時分はよしと次の津浪がそろそろ準備されるであろう。

 昔の日本人は子孫のことを多少でも考えない人は少なかったようである。それは実際いくらか考えばえがする世の中であったからかもしれない。それでこそ例えば津浪を戒める碑を建てておいても相当な利き目があったのであるが、これから先の日本ではそれがどうであるか甚だ心細いような気がする。二千年来伝わった日本人の魂でさえも、打砕いて夷狄いてきの犬に喰わせようという人も少なくない世の中である。一代前の云い置きなどを歯牙しがにかける人はありそうもない。

 しかし困ったことには「自然」は過去の習慣に忠実である。地震や津浪は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである。紀元前二十世紀にあったことが紀元二十世紀にも全く同じように行われるのである。科学の方則とは畢竟ひっきょう「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。
 それだからこそ、二十世紀の文明という空虚な名をたのんで、安政の昔の経験を馬鹿にした東京は大正十二年の地震で焼払われたのである。

 こういう災害を防ぐには、人間の寿命を十倍か百倍に延ばすか、ただしは地震津浪の週期を十分の一か百分の一に縮めるかすればよい。そうすれば災害はもはや災害でなく五風十雨の亜類となってしまうであろう。しかしそれが出来ない相談であるとすれば、残る唯一の方法は人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するより外はないであろう。

 科学が今日のように発達したのは過去の伝統の基礎の上に時代時代の経験を丹念に克明に築き上げた結果である。それだからこそ、颱風が吹いても地震が揺ゆすってもびくとも動かぬ殿堂が出来たのである。二千年の歴史によって代表された経験的基礎を無視して他所よそから借り集めた風土に合わぬ材料で建てた仮小屋のような新しい哲学などはよくよく吟味しないと甚だ危ないものである。それにもかかわらず、うかうかとそういうものに頼って脚下の安全なものを棄てようとする、それと同じ心理が、正しく地震や津浪の災害を招致する、というよりはむしろ、地震や津浪から災害を製造する原動力になるのである。

 津浪の恐れのあるのは三陸沿岸だけとは限らない、寛永安政の場合のように、太平洋沿岸の各地を襲うような大がかりなものが、いつかはまた繰返されるであろう。その時にはまた日本の多くの大都市が大規模な地震の活動によって将棋倒しに倒される「非常時」が到来するはずである。それはいつだかは分からないが、来ることは来るというだけは確かである。今からその時に備えるのが、何よりも肝要である。それだから、今度の三陸の津浪は、日本全国民にとっても人ごとではないのである。

 しかし、少数の学者や自分のような苦労症の人間がいくら骨を折って警告を与えてみたところで、国民一般も政府の当局者も決して問題にはしない、というのが、一つの事実であり、これが人間界の自然方則であるように見える。自然の方則は人間の力では枉まげられない。この点では人間も昆虫も全く同じ境界きょうがいにある。それで吾々も昆虫と同様明日の事など心配せずに、その日その日を享楽して行って、一朝天災に襲われれば綺麗にあきらめる。そうして滅亡するか復興するかはただその時の偶然の運命に任せるということにする外はないという棄すて鉢ばちの哲学も可能である。

 しかし、昆虫はおそらく明日に関する知識はもっていないであろうと思われるのに、人間の科学は人間に未来の知識を授ける。この点はたしかに人間と昆虫とでちがうようである。それで日本国民のこれら災害に関する科学知識の水準をずっと高めることが出来れば、その時にはじめて天災の予防が可能になるであろうと思われる。この水準を高めるには何よりも先ず、普通教育で、もっと立入った地震津浪の知識を授ける必要がある。英独仏などの科学国の普通教育の教材にはそんなものはないと云う人があるかもしれないが、それは彼地には大地震大津浪が稀なためである。

 熱帯の住民が裸体はだかで暮しているからと云って寒い国の人がその真似をする謂いわれはないのである。それで日本のような、世界的に有名な地震国の小学校では少なくも毎年一回ずつ一時間や二時間くらい地震津浪に関する特別講演があっても決して不思議はないであろうと思われる。地震津浪の災害を予防するのはやはり学校で教える「愛国」の精神の具体的な発現方法の中でも最も手近で最も有効なものの一つであろうと思われるのである。

 (追記) 三陸災害地を視察して帰った人の話を聞いた。ある地方では明治二十九年の災害記念碑を建てたが、それが今では二つに折れて倒れたままになってころがっており、碑文などは全く読めないそうである。またある地方では同様な碑を、山腹道路の傍で通行人の最もよく眼につく処に建てておいたが、その後新道が別に出来たために記念碑のある旧道は淋さびれてしまっているそうである。それからもう一つ意外な話は、地震があってから津浪の到着するまでに通例数十分かかるという平凡な科学的事実を知っている人が彼地方に非常に稀だということである。前の津浪に遭った人でも大抵そんなことは知らないそうである。
(昭和八年五月『鉄塔』)

初出:「鉄塔」1933(昭和8)年5月1日 ※初出時の署名は「尾野倶郎」。※単行本「蒸発皿」に収録。
底本:「寺田寅彦全集 第七巻」岩波書店 1997(平成9)年6月5日発行、底本の親本:「寺田寅彦全集 文学篇」岩波書店1985(昭和60)年

本随筆を参照したネット人気記事です:http://www.alterna.co.jp/7897
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# by tikyuu_2006 | 2012-01-15 21:04 | これからの日本 | Trackback
崩壊するエネルギー基盤、世界はその先に何を見るのか その2/2
石井吉徳 2011年12月13日 10:05

5.環境問題も国際的利害が影響、もっと本質的に考えないと
地球温暖化に対しても、低炭素社会ではなく「低エネルギー社会」の推進
低エネルギーは「脱浪費」であり、結果として化石燃料の使用を減らします。資源が有限であると認識すれば、経済成長を前提にした低炭素社会は矛盾だと分かります。

たとえばCCS(二酸化炭素貯留)とは、石炭火力発電所などから生じる二酸化炭素を空気中に出さず地中や水中に貯留する対策ですが、そのためには必ずエネルギーが必要ですから、トータルとしてエネルギー使用量は増えます。そして石炭も有限です。

技術の進歩がエネルギー問題や温暖化を解決するのではありません。省エネルギー技術がかえってエネルギー消費を増やすという「ジェボンズのパラドックス」も忘れてはいけません。まずは地球が有限であること、そして資源は量ではなく質である、と認識することが大切です。

繰り返します、いま地球は寒冷化していると科学的なデータが示しています。IPCC信奉者の意見だけでは判断を誤ります、国益に沿いません。国際社会は食うか食われるか、心したいものです。

これからの日本、脱浪費、「もったいない」社会の構想
先ずエネルギー消費を減らすことです。出来るだけクルマに乗らず自転車に乗る。徹底的に浪費を減らし、無駄をはぶくのです。

なにも江戸時代に戻らなくとも良い。1970年代の日本は、人口は1億人でしたが、エネルギー消費量は今の半分、食料自給率は60%もあったのです。

今は、消費者と生産者間の流通企業や食料加工業が大きな利益を得ています、そして大量の石油を消費します。地域のものを地域で消費すれば、消費者も余計なお金を使わなくてすむ、エネルギーの無駄も減ります。

温暖化対策も低炭素と考えるから、本質が見えにくく、理解が交錯するのです。膨大な温暖化対策の税も、それに群がる産官学の権益構造にながれます。それを「低エネルギー社会」を目標にするのです。3・11後はさらに緊急の対策になりました。それは真に効果的な温暖化対策なのです。

石油減耗時代、脱原発時代は、今までのようなエネルギー浪費型社会は持続しません、それは自然エネルギー社会の構想について言えます。

6.意外に知られない、地球温暖化の科学
地球科学者は,地球の気候が太古から変化してきたことを常識として知っています。そして地球、自然を知るには先ず観測が基本原則と思っています。ところが最近、コンピュータのシミュレーション・モデルで研究する工学系の研究者が多くなってきました。これは学問の進歩と歓迎すべきですが、あくまでも自然観測からの事実、データが優先されるべきでしょう。

IPCCを盲信しない、先ず自分で考える
名古屋産業大学の小川克郎氏は、今地球は寒冷化していると述べています。 過去、1882-2009(世界規模で気温観測が始まったのは1882)の地球気温と、大気中の二酸化炭素濃度の変化を調べています。地球気温変化に与える影響ーこの場合はノイズーが大きい都市ヒートアイランド効果を取り除く為に、人口1000人以下の452観測点ーNASA/GISS気温データベース全体7292観測点の内ーしか使っていません。

その結果は温暖化の常識と反したものでした。二酸化炭素が継続的に上昇しているにも関わらず、2002年以降著しい気温下降が見られる、この気温下降が続くと、20世紀後半ー1970年頃以降ーの気温上昇、つまり巷で言われているいわゆる地球温暖化のストックは、今後数年で使い果たすことになる、もし更にこのまま下降が続けば、19世紀の寒冷な時代に逆戻りする可能性があるというのです。

これより先に、アラスカ大学の赤祖父俊一氏の温暖化予測(現代化学2009年5月別刷)もIPCCとかなり違うと述べています。小氷期からの回復過程の上に、数十年の準周期変動が重なった傾向があるというのです。そして今は温暖化は止まり、むしろ下降傾向、2008年の気温は増加トレンドから下降するとの見解です。これは注目に値します。

このような科学的な見解は、今後の温暖化対策、国際的な交渉に大いに参考にすべきではないでしょうか。今、日本に必要なことは「真の科学」です、単純に欧米追従せず自分で考えるべきと思います。

日本の自然と共存する「日本のプランB」
これからは自然と共存する分散社会、地産地消の時代です。食料生産者も中間業者に価格を左右されない自立が求められます。自然エネルギーも無駄のない脱浪費社会の構築が前提でしょう。

その上で、日本列島の地勢・自然を理解し合理的に共存するのです。日本は山岳地帯が多く平野が少なく、降雨量が多い国です。河川は急流ですから小水力に向く地勢です。海岸線の長さは世界第6位なのです。漁業に向くだけでなく水運にも有利です。自然の恵みを活かすにも地方重視、分散が欠かせません。

著名なレスター・ブラウンは以前から「プランB」を提唱していますが、これは大陸の発想です。本来必要なプランは、それぞれの地域の自然と共存すべきです。欧米のプランをそのまま導入するのではなく、日本の自然に最も適した「日本のプランB」を工夫するのです。そして低エネルギー、脱浪費社会を目標とするのです。

滋賀県の嘉田由紀子知事は、自然と共存する「2030年の滋賀・琵琶湖モデル」を打ち出しました。地元の新鮮な産物を買い、自家菜園を作り、クルマに乗らず自転車に乗る。そして琵琶湖を使った舟運を提唱します。江戸時代は人や物を運ぶメインの運輸は船、琵琶湖は運輸の中心でした。そうした地域の自然やコミュニティの力を活用した自然共生型の社会を目指しています。

嘉田さんは「おしっこ、うんちの話を食事の時でもする」と仰っています。つまり江戸時代は糞尿を肥料として畑に戻しており、これが本来のリサイクルの原点だと言うのです。

今は循環型社会のポイントを3R「減量Reduce、再利用Reuse、リサイクルRecycle」と呼びますが、日本が力を入れているのは多くは最後のリサイクルのRです。廃棄した物質を、有用な資源として活用するゼロエミッションは盛んに宣伝されますが、ゼロエミッション社会は、逆に言えばエネルギー無限大の社会となる怖れがあります。

全ての物質は分散、拡散、劣化してゴミになります。それはエントロピーが増えるということです。この自然の流れを逆に回して物質の質を向上させる、つまりエントロピーを下げるには、必ずクオリティの高いエネルギーが必要です。「おしっこ、うんち」の話は、人間が自然の恵みで生る原点に戻ろう、との象徴的な言葉です。

未だに地球が有限ということがわからず、資源の質も技術で何とかなる、と思っている人が多いです。たしかに現代技術では、原子・分子レベルで何でもできますが、それは無限にエネルギーを使えることが前提です。石油のインフラを無意識に使っているから、限界に気づいていないのです。

(石井吉徳)


効率優先でない地産地消型の社会は、雇用を産みます。在来型の工業化社会はリストラ、非正社員など、人間を不要とする傾向を助長しました。そして現在の石油浪費型社会は、一人の人間に60人のエネルギー奴隷が付いている勘定なとなるのです。これでは社会で失業が増えるのはむしろ当然でした。

そして今の格差社会では、若者の失業率が高くなる傾向があります。職に就けない若者、その上で高騰する食料価格、これでは若者の不満は増大し、社会は不安定となります。これは世界的な傾向といえます。

今はネット時代、紙(新聞、雑誌)、電波(ラジオ、TV)に加えて第三のメデイア、双方向のネット情報社会が形成されています。それを格差社会下位の若者が不満を共有する時代となりました。しかも社会の資源制約、石油減耗が顕在化してきました。時代の一大変革期が始まっていたのです。そこに日本は3・11を迎えました。

7.3・11東日本大震災、原発神話が崩壊、そして招いた電力危機と放射能汚染
3・11の震災、津波は想定外だったかもしれませんが、福島原発の事故は人災としか言いようがないでしょう。緊急電源の設置場所が海岸側、しかも津波到来後の重なる不手際、原発は絶対安全という心の緩み、リスク感覚が欠如していました。

東日本大震災では大勢の人が津波で亡くなりました。「天災は忘れた頃にやってくる」で知られる地球物理学者、寺田寅彦は「地震が来てから津波は数十分後に来る」とのべています。この常識さえ知っていれば、あれほどの悲劇とはならなかった、痛恨の思いです。

効率優先のマネー資本主義、経済競争至上の社会を築いてきた日本ですが、それは庶民の幸せにはつながっていませんでした。すでに述べましたが格差は拡大し、若者の失業率が高いのです。

今の経済成長、GDPで計る経済成長は安い石油、豊富な資源供給で支えたのですが、それが限界にあること、改めて思い起こす必要があります。

そして不況です。借金をして経済浮揚せよとの大合唱、経済界はまだ使えるものを捨てさせようと浪費を強要します、それには成算がありません。石油減耗時代にはいっているのですから。成長の終わりの始まり、といってよいでしょう。もう時代は根底から変わったのです。

脱浪費、自然と共存、「もったいない」を志す日本型社会
「もったいない」で世界に範をしめしたいものです。私は2006年、もったいない学会を設立し、皆さんと「日本のプランB」を提唱してきました。日本の国土、自然を有効利用する戦略です。アメリカの真似ではなく、日本の自然と共に生きるプランBです。この「B」とは、今が「A」、「C」が恒久的なプランで、Bとは変わり行く事態にどう対応するか、次の一手は、という意味でもあります。

そこで改めて日本ですが、あまり知られていませんが、日本の海岸線の長さは世界の6番目です。大陸でない島国ですから山岳は70%もあります。そして気候帯としては多雨のアジアモンスーン地帯、水は豊富です。

このように見てくると、アメリカ大陸の石油漬け大規模農業を手本としてはならない、石油減耗時代はこの政策は改める必要があります。石油依存の効率優先型では無く地域分散型の、食料、エネルギーの地産地消が望まれます。徹底した「低エネルギー社会」を目指すのです。価値観もマネーでなく人の絆を大事にする、もったいない社会の構築です。これは雇用を生むはずです。
(Colin Campbell 人間一人が60人のエネルギー奴隷をかかえる勘定)

3・11で学びましたが、地震、台風は多い日本列島で生きるには、欧米とは違うリスク感覚は必須でした。

石油減耗時代の日本、これからどうするかです。その考えの原点を改めて整理します。エネルギーが文明の形を決めます、そこで重要なことはエネルギーを得るための効率を考えること、エネルギー収支比、EPRでエネルギーを評価する習慣をつけるのです。それが低いエネルギーでは文明が支えられません。

最近、自然エネルギーの利用が話題ですが、自然エネルギーは一般に質が低く、石油に取っては代われないのです。分散している自然エネルギーを集めるには、またエネルギーが要るからです。

そこで無理に集めようとしないで、分散したまま使うのがポイントです。太陽エネルギーは人類が使うエネルギーの一万倍と、よく専門家が言いますがそれは間違いです。集めるのに質の良いエネルギーが必要だからです。

同じことが食料の地産地消にも言えます。消費者は食糧に全国約70兆円も払っていますが、農漁業の生産者、そして輸入食糧へはそれぞれ約10兆円、残り50兆円は生産とは関係のない所で使われます。これでは生産者が大変です。最も苦労する人々が潤いません。今若者が農業を敬遠する最大の理由はここにあるのでしょう。この構造を地方分散、地産地消型に変えるのです。

そして電気、石油エネルギーを出来るだけ使わないようにする、自動車もあまり乗らず自転車に乗る。ペットボトルやアルミ缶を使わない、ペットボトルもリサイクルせずに、そのまま上手に燃やすのが合理的です。

飼料を多くやらなければならない牛肉は、なるべく食べない。養殖マグロではなくイワシのような小魚を食べる。1970年頃、エネルギー消費は今の半分でしたが、心はより豊かだったと思います。もはや江戸時代に戻ることはできません。しかし、低エネルギー社会は作り出せると思います。

江戸時代を、明治以降リーダは卑下してきましたがそれは間違い、と江戸研究の石川英輔氏は述べます。そして江戸時代の日本人はむしろ独創的だった、ようです。浮世絵などはヨーロッパ絵画に大きな影響を与えました。また江戸の社会の治安のよさ、人の絆の深さは欧米にないことである、と日本に在留した欧米人はむしろ感銘しているのです。それを明治近代化で忘れ去った、むしろ卑下したのです。これはその後の日本のリーダの大きな誤解でした。 もうそれを改めないと、3・11後の社会創造は叶いません。

安く豊かな石油が支えた、浪費型のGDP成長主義はもう時代遅れです。経済の無限成長、年率%とは幾何級数的成長のことです。この膨張主義はもう終わりにしなければなりません。有限地球で永続しないのです。資源制約、限りある自然に住む人間、我々だけが永遠に膨張できる筈は無いのです。「無いものねだり」をする文明は崩壊するしかないのです。文明崩壊の歴史が教えます。

世界の範となる「3・11後のPlan B」を考える
3・11日、東日本を大震災が襲いました、そして大津波です。それが福島原発の未曾有の事故となりました。世界で始めて、4基もの原子炉が崩壊したのです。
そこで前述の日本のプランBを見直しました。しかし大幅に変える必要はありませんでした。脱浪費、もったいない、が原理原則、原点でしたから。

3.11後のプランBを項目的に、
1)脱石油、原発依存社会の構想、自然エネルギーもEPRで評価、リアリズムの重視
2)有限地球観、自然共存の地方分散社会,世界6位の海岸線、山岳75%、立体農業を
3)脱欧入亜、脱グローバリズム、GDPからGPI,マネー主義は終焉
4)低エネルギー社会、少子化ほど有利、年長者も働ける社会の構築
5)石油ピークは流体燃料危機、脱車社会で鉄路、公共運輸の重視、自転車の利用
6)先ず減量、循環社会のReduce(減量 Reuse(再利用)Recycle(リサイクル)最初のR
7)効率優先主義の見直し集中から地域分散、自然と共存、地産地消で60倍の雇用創出
8)GDP成長より心豊かに、もったいない、ほどほどに、人の絆を重ずる社会の構築

これからは経済指標も考え直す必要があります。
GDPからGPI:Genuine Progress Indicator(真の進歩指標)など、産業のための指標から国民のための指標を採用するのです。GDPはマネーの大きさを表すだけですから、社会が不安定となり犯罪が増え刑務所をどんどん作ればGDPが増大します。産業が自然破壊し、それを修復すればGDPはまた増えます。

このようにGDPでは人の幸せ基準にしません、マネーで幸福は買えないといってもよいでしょう。GPIはそれを勘定に入れます。これからの国民優先社会の指標です。

人類は大きな岐路にあります、石油ピーク、そして減耗時代だからです。そこで自然エネルギーが期待されます。でも太陽エネルギーは人類が使う一万倍と、量は膨大といっても質は低いので、集めるのが大変、エネルギーも要ります。そして間歇的、不安定ですから、全て100%というわけに行きません。いろいろなエネルギーを共用する、そのベスト・ミックスを考える必要があります。そして社会の大前提、徹底した脱浪費、分散型の「低エネルギー社会」を構築することです。

成長願望は放棄する、人の幸せは何かと、本気で考えるのです。本来、有限地球で化石燃料社会は一過性でした、これからは真に持続的な文明とは何か、を模索するのです。
いろいろな新エネルギー、非在来型のシェールガスなとが話題ですがその意味もよく考える必要があります。
(原図 K.Hubbert 1956)

8.再び3.11を招かないために、寺田寅彦の「津浪と人間」1933年著を改めて理解したい
かなり前に地球物理学者、寺田寅彦((1878~1935) は「天災は忘れた頃にやってくる」と警告したとのことです。随筆「津浪と人間」には、自然を畏敬することの大切さを強調しています。それは3・11の東日本大震災にも通じる警告でした。

全文は(1)URLに、骨子を次に抜粋しました。

昭和八年三月三日の早朝に、東北日本の太平洋岸に津浪が襲来して、沿岸の小都市村落を片端から薙なぎ倒し洗い流し、そうして多数の人命と多額の財物を奪い去った。明治二十九年六月十五日の同地方に起ったいわゆる「三陸大津浪」とほぼ同様な自然現象が、約満三十七年後の今日再び繰返されたのである。

ここで「今日」とあるのは1933年のことですが、その悲劇がが2011年3月11日、再び繰り返されたのです。続けます。

こんなに度々繰返される自然現象ならば、当該地方の住民は、とうの昔に何かしら相当な対策を考えてこれに備え、災害を未然に防ぐことが出来ていてもよさそうに思われる。これは、この際誰しもそう思うことであろうが、それが実際はなかなかそうならないというのがこの人間界の人間的自然現象であるように見える。

この寺田の言葉は淡々としているだけに、かえって胸が痛みます。そしで政府に何ができるか、次のように述べます。

さて、個人が頼りにならないとすれば、政府の法令によって永久的の対策を設けることは出来ないものかと考えてみる。ところが、国は永続しても政府の役人は百年の後には必ず入れ代わっている。役人が代わる間には法令も時々は代わる恐れがある。その法令が、無事な一万何千日間の生活に甚だ不便なものである場合は猶更なおさらそうである。政党内閣などというものの世の中だと猶更そうである。

災害記念碑を立てて永久的警告を残してはどうかという説もあるであろう。しかし、はじめは人目に付きやすい処に立ててあるのが、道路改修、市区改正等の行われる度にあちらこちらと移されて、おしまいにはどこの山蔭の竹藪の中に埋もれないとも限らない。そういう時に若干の老人が昔の例を引いてやかましく云っても、例えば「市会議員」などというようなものは、そんなことは相手にしないであろう。そうしてその碑石が八重葎やえむぐらに埋もれた頃に、時分はよしと次の津浪がそろそろ準備されるであろう。

そして寺田は、自然現象の本質に迫ります。

しかし困ったことには「自然」は過去の習慣に忠実である。地震や津浪は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである。紀元前二十世紀にあったことが紀元二十世紀にも全く同じように行われるのである。科学の方則とは畢竟ひっきょう「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。

それだからこそ、二十世紀の文明という空虚な名をたのんで、安政の昔の経験を馬鹿にした東京は大正十二年の地震で焼払われたのである。


さらに、これは大都市災害でも変わりはないと、あたかも東京、太平洋沿岸など、一般的な天災、危機を、まるで予測するかのように語ります。

津浪の恐れのあるのは三陸沿岸だけとは限らない、寛永安政の場合のように、太平洋沿岸の各地を襲うような大がかりなものが、いつかはまた繰返されるであろう。その時にはまた日本の多くの大都市が大規模な地震の活動によって将棋倒しに倒される「非常時」が到来するはずである。それはいつだかは分からないが、来ることは来るというだけは確かである。今からその時に備えるのが、何よりも肝要である。

それだから、今度の三陸の津浪は、日本全国民にとっても人ごとではないのである。

最後に追記として自然の摂理を。地震が起こってから津浪の来るまでの時間は通例数十分を要するという事実、これを今回、東日本の人々が知っていたら、あれほど大勢の方が命を落とさなかった、と痛恨の思いです。

(追記) 三陸災害地を視察して帰った人の話を聞いた。ある地方では明治二十九年の災害記念碑を建てたが、それが今では二つに折れて倒れたままになってころがっており、碑文などは全く読めないそうである。またある地方では同様な碑を、山腹道路の傍で通行人の最もよく眼につく処に建てておいたが、その後新道が別に出来たために記念碑のある旧道は淋さびれてしまっているそうである。それからもう一つ意外な話は、地震があってから津浪の到着するまでに通例数十分かかるという平凡な科学的事実を知っている人が彼地方に非常に稀だということである。前の津浪に遭った人でも大抵そんなことは知らないそうである。(昭和八年五月『鉄塔』)

(1)http://www.shiftm.jp/show_blog_item/110

9. あとがき「天災はまた繰り返される」か、いずれ来る関東震災、東京一極集中のリスク
地震は執拗に、保守的にその習慣を忘れずにやってくる。それを人間はすぐ忘れる。そして文明が高度化すると、益々災害に脆弱になる。地球上、地震、台風が繰り返しやってくる災害大国の日本だが、江戸時代まではその危険を忘れなかった。古い宿場はいつも残った、神社も決して災害の歴史、経験を忘れず、安全なところに作られていた。3・11の結果、それを改めて自然科学者は思い知らされている。

だが明治以来の技術過信近代人間は、地震の少ない欧米文明をただ信奉し、鉄道なども災害も考えず、ただ引いた。そして作られた停車場、その周辺の集落、町だった。関東大震災後、寺田は横浜から鎌倉まで踏査し、そのような停車場とその周辺を、自然が選んだように破壊しているのを見て、自然軽視、技術過信の文明を警告する。人間は益々災害に弱い社会を作る、脆弱性は「文明の進歩」とともに拡大、加速すると述べている。

正にそうだ、と思うしかない。東京、首都圏への機能集中化、高層化、国家中枢の過密集約化、恐ろしいほどである。関東大震災はいずれ必ずくる、自然の習慣は執拗にくり返される、文明進歩と共にその被害規模を拡大して。

地方分散は、その意味でも不可欠である、危険は分散するしかない。自然は人間の被害などかまってくれないが、技術過信人間にはそれがわからない、おそらくこれからも。
3・11では、加えて今までの歴史にはなかったことが起こっている。原発の大災害だが、それも「自ら招いた」のである。一箇所集中の原発群、安全神話を国民に押し付けながら、いつの間にか自らも信じ込んで、愚かにも地元は、落とされる膨大なお金に目がくらんだ。

以上が私が今まで述べてきた警告ですが、寺田寅彦がかって嘆いたように、無視されるかも知れませんが、記憶にお留め置き下さい。

プロフィール いしい・よしのり             
東京大学名誉教授、「もったいない学会」会長、工学博士。1955年、東京大学理学部物理学科(地球物理学)卒業、帝国石油、石油開発公団などに16年間、東京大学工学部23年間(資源開発工学科助教授、教授)。93年退官、名誉教授。国立環境研究所副所長を経て96年から98年まで所長。その後、富山国際学園特命参事・同大学教授を経て、2006年もったいない学会設立、会長。

著書に『エネルギーと地球環境問題』(愛智新書)、『石油最終争奪戦』、『石油ピークが来た―崩壊を回避する「日本のプランB」』、『知らなきゃヤバイ! 石油ピークで食糧危機が訪れる』(いずれも日刊工業新聞社)など

NPO法人 もったいない学会 http://www.mottainaisociety.org/
問い合わせ guest@mottainaisociety.org
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# by tikyuu_2006 | 2011-12-19 08:47 | これからの日本 | Trackback
石油輸出量が減退、まだSleep Walkingするつもり?
石油ピークは生産ピークを意味するが、日本にとって重要なのは輸出量、その減少が目立っている、生産国での消費が増えているからです。

尚、世界の石油(流体燃料)生産量は下記です。

石油ピークすら理解しない日本、まだSleep Walkingするつもりでしょうか。
# by tikyuu_2006 | 2011-11-29 05:49 | 石油ピークとは | Trackback
3・11後、日本のプランB
3・11後、日本の全てが変わった、経済成長幻想も止めないと。 2011

1)脱石油、脱原発の社会、自然エネルギーもEPRで評価、リアリズム重視
2)有限地球観、自然共存の地方分散、世界6位の海岸線、山岳75%、立体農業
3)脱欧入亜、脱グローバリズム、GDPからGPI,マネー資本主義の終焉
4)低エネルギー社会、少子化ほど有利、年長者も働ける社会の構築
5)石油ピークは流体燃料危機、脱車社会、鉄路、公共運輸の重視、自転車の利用
6)先ず減量、Reduce(減量)Reuse(再利用)Recycle(リサイクル)、最初のR
7)効率優先の見直し、集中から地域分散、自然と共存、地産地消で60倍の雇用も
8)GDP成長より心豊かに、もったいない、ほどほどに、人の絆を重ずる社会の構築
# by tikyuu_2006 | 2011-11-05 09:42 | 新文明の構想 | Trackback
99%の反乱
現代文明、その大いなる歪
ウォール街のデモ、社会指導層からの若者の離反、世界の不安定、擾乱の根本には現代社会,文明の大きな歪がある。図のような超格差社会、トップ1%のあまりの強欲、度が過ぎている。99%の不満、反乱が理解できる。
# by tikyuu_2006 | 2011-11-05 08:58 | 新文明の構想 | Trackback
メタンハイドレートは資源か: 在来ガス田と全く違う
物質としてのメタンハイドレート
普通の天然ガス田と違い掘削しても自然に噴出しない。固体のメタンと水の水和物、メタンを中心に周囲を水分子が囲んだ形に、包接水和物は低温かつ高圧の条件下で、水分子は立体の網状構造を作り、内部の隙間にメタン分子が入り込み氷状の結晶になっている。これは固体で、火をつけるとメタンが分離するので燃える。このために「燃える氷」とも言われる。この水和物1 m3を1気圧の状態で解凍すると164 m3のメタンガスを得る。分子式は CH4•5.75H2O、密度は0.91 g/cm3である。

地層中のメタンハイドレートとは
日本列島の周辺の海底下、堆積地層内有機物の分解で生じたと推定されるメタンが固体の水和物として広く分散して存在する。この水和物は低温、高圧で安定する。
シベリア、カナダなどは低温なの地表近くに存在する。一方日本などでは水深新1km程度の深海底、地層内に分布している。四国沖、御前崎沖なで存在が確認されている。石油探査用の地震反射法で強い反射波の分布BSRとして観測されらが、掘削コアで確認する。

日本のみならず世界の海域から広くその存在が昔から知られている。 だがそれを在来型天然ガスとは考えたなかった。たしかに量は膨大であることもわかっていたが、資源として価値がおると思わなかった・先ず、これは濃縮されていない、資源としてはEPRで判断すべきである。

先ず性状、メタンハイドレートの存在する堆積層も地中深くなるにつれて地温が高くなりガス化する。そのため海底斜面内、水深500-1000 m程度でその下数十から数百mにしか存在できない。そこで固体状メタンハイドレートより、その下の遊離メタンを通常のガス田のように採取できないが、話題になったことがある。だがその後の掘削事例から可能性がないとわかった。

資源かどうか、日本での取り組みの経過
1990年ころ、元通産省傘下の日本エネルギー総合工学研究所が、様々な非在来型の天然ガスの可能性を、業界、学会からの識者を集めた委員会で調査研究したことがある。私はその委員長を務めた。

その検討の結果取り上げてのがメタンハイドレートだった。資源かどうか判然としないメタンハイドレートを論点整理した。経済大国となった日本、もう欧米追従だけでなく、国費を費やして資源価値があるか整理することとした。そして報告した、研究調査すべきと。
それから20年を経て、何となく資源と決め付けたのか、毎年かなりの額の国費が投じられる公共事業化事業と化したようである。資源かどうかの見極めの総投資額を100億円程度とおもっていた。その後の経過は詳しくは知らないが、毎年の規模となったようである.

日本周辺海域のメタンハイドレートの推定埋蔵域(WIKIPEDIA)

いわゆるメタンハイドレートは、濃集されていない
資源は質が全て、量ではない。濃縮されないものを集めるにはエネルギーが要る。ところが日本ではその意味を理解しない。例えば、1996年の時点でわかっているだけでも、天然ガス換算で7.35兆m3、日本で消費される天然ガスの約96年分、以上というのである。これは原始埋蔵量であって、経済的に可採な資源量と違うのである。大事なのは「エネルギーコスト」である。良く話題とされるマネーコストは殆ど無意味である。
海底面下に薄く分布するメタンハイドレートは固体である。通常のガス田のように掘削しても噴出するわけでない。先ず地層中に安定分布する固体からメタンガスを遊離しなければならない。当然、ガス化はエネルギーが要る。EPR、エネルギー収支比は低い。結局、資源としては問題にならない。

以上。
# by tikyuu_2006 | 2011-10-01 19:53 | 資源は質がすべて | Trackback
防災の本質はハードではない、自然の理解、畏敬の念だ
防災の本質は「自然の理解、畏敬の念」  もったいない学会会長 石井吉徳

東日本大震災、あの地震は、3月11日14時46分18.1秒に起こった。津浪は宮城県名取市に15時55分、仙台空港に15時59分に来襲、毎日新聞9月8日「世界が絶句 津波の恐怖」の特集写真から分かる。

これは重大である。地球物理学者の寺田寅彦は、三陸大津浪のあった1933年、「津浪と人間」という随筆に、”地震があってから津浪の到着するまでに通例数十分かかるという平凡な科学的事実を知っている人が彼地方に非常に稀だということである>と述べている。

この「数十分」、それさえ知っていれば、あれほどの犠牲者は出なかった。

防災の本質は堤防などのハードではない、自然の理解、畏敬の念と、寺田寅彦と同窓の私も考えるのだが。
沿岸の防風林を越えて押し寄せる大津波に、一気にのみ込まれる住宅地=宮城県名取市で2011年3月11日午後3時55分、毎日新聞社ヘリから手塚耕一郎さんが撮影
# by tikyuu_2006 | 2011-09-08 16:23 | これからの日本 | Trackback
alterna【オルタナ・インタビュー記事】
「低エネルギー社会」はEPRが決め手
”石井吉徳氏(東京大学名誉教授)インタビュー”
http://www.alterna.co.jp/6087

「3・11」を通じて、原子力発電の危険性をまざまざと思い知らされた日本。だからといって原油への回帰は、世界がすでに「石油ピーク」を迎えた中では限界がある。資源価格も高騰している。自然エネルギーの普及はどう進めればよいのか。石井氏はEPR(エネルギー収支比)を踏まえた「低エネルギー社会」の実現にこそ展望があると説く(以下略)

石井吉徳氏 東大理学部(地球物理学)卒、同工学部教授、国立環境研究所長を経て、石油ピークを踏まえた低エネルギー社会を提唱。東京大学名誉教授、NPOもったいない学会会長。


2)本記事はヤフーニュースでは上中下にわけて掲載されています。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110706-00000303-alterna-bus_all
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110706-00000306-alterna-bus_all
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110706-00000307-alterna-bus_all

3)alterna本誌、July2011,25号、p15にはコラムが。

以上
# by tikyuu_2006 | 2011-08-17 07:51 | エネルギー、環境 | Trackback
「湘南よみうり」2011/6/1、一面記事
「湘南よみうり」(月二回25万部)、6月1日号一面(石井吉徳)
私の有限地球観、原発の安全神話、もったいない論、ご参考。
# by tikyuu_2006 | 2011-06-01 10:18 | これからの日本 | Trackback
貞観地震(869年) 東日本地震は想定外でなかった
観地震
(2011年3月29日石井吉徳作成、Facebookノート)

以下は、2009年6月24日に開催された原子力安全・保安院の会議の議事録からの抜粋。この会議の席上、地震学者の岡村行信氏が福島第一原子力発電所を含む各地の原発について、地質学上の脅威に対する安全性を審査した。

岡村氏:全く比べ物にならない非常にでかいもの(津波)が来たことはもう分かっています。それに全く触れられていないのはどうしてなのか、お聞きしたいんです。

東京電力担当者:(869年の)貞観地震については、被害がそれほど見当たらないということが1点あると思います。

岡村氏:被害がないというのは、どういう根拠に基づいているのでしょうか。少なくとも、この地震に関する信頼できる記述は日本三大実録(歴史的な文献)だけだと思うんです。それには城が壊れたという記述がある。だから、そんなに被害が少なかったと判断する材料はないのではないかと思うんですが。

東京電力担当者:すみません、ちょっと言葉が断定的すぎたかもしれません。ご案内のように、歴史地震ということもありますので、今後こういったことがあるかどうかは研究課題として捉えるべきだと思っています。しかし、耐震設計上考慮する地震ということでは、福島地点を考える際には、(1938年の)塩屋崎沖地震で代表できると考えたわけです
# by tikyuu_2006 | 2011-04-04 11:19 | これからの日本 | Trackback
福島原発事故についての緊急建言
福島原発事故についての緊急建言 2011/4/1 専門家が、文科省記者クラブで公表

はじめに、原子力の平和利用を先頭だって進めて来た者として、今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝いたします。

私達は、事故の発生から速やかな事故の終息を願いつつ、事故の推移を固唾を呑んで見守ってきた。しかし、事態は次々と悪化し、今日に至るも事故を終息させる見通しが得られていない状況である。既に、各原子炉や使用済燃料プールの燃料の多くは、破損あるいは溶融し、燃料内の膨大な放射性物質は、圧力容器や格納容器内に拡散・分布し、その一部は環境に放出され、現在も放出され続けている。
特に懸念されることは、溶融炉心が時間とともに、圧力容器を溶かし、格納容器に移り、さらに格納容器の放射能の閉じ込め機能を破壊することや、圧力容器内で生成された大量の水素ガスの火災・爆発による格納容器の破壊などによる広範で深刻な放射能汚染の可能性を排除できないことである。

こうした深刻な事態を回避するためには、一刻も早く電源と冷却システムを回復させ、原子炉や使用済燃料プールを継続して冷却する機能を回復させることが唯一の方法である。現場は、このために必死の努力を継続しているものと承知しているが、極めて高い放射線量による過酷な環境が障害になって、復旧作業が遅れ、現場作業者の被ばく線量の増加をもたらしている。
こうした中で、度重なる水素爆発、使用済燃料プールの水位低下、相次ぐ火災、作業者の被ばく事故、極めて高い放射能レベルのもつ冷却水の環境への大量の漏洩、放射能分析データの誤りなど、次々と様々な障害が起り、本格的な冷却システムの回復の見通しが立たない状況にある。
 一方、環境に広く放出された放射能は、現時点で一般住民の健康に影響が及ぶレベルではないとは云え、既に国民生活や社会活動に大きな不安と影響を与えている。さらに、事故の終息については全く見通しがないとはいえ、住民避難に対する対策は極めて重要な課題であり、復帰も含めた放射線・放射能対策の検討も急ぐ必要がある。

 福島原発事故は極めて深刻な状況にある。更なる大量の放射能放出があれば避難地域にとどまらず、さらに広範な地域での生活が困難になることも予測され、一東京電力だけの事故でなく、既に国家的な事件というべき事態に直面している。
 当面なすべきことは、原子炉及び使用済核燃料プールの状況を安定させ、内部に蓄積されている大量の放射能を閉じ込めることであり、また、サイト内に漏出した放射能塵や高レベルの放射能水が環境に放散することを極力抑えることである。これを達成することは極めて困難な仕事であるが、これを達成できなければ事故の終息は覚束ない。
 さらに、原子炉内の核燃料、放射能の後始末は、極めて困難で、かつ極めて長期の取組みとなることから、当面の危機を乗り越えた後は、継続的な放射能の漏洩を防ぐための密閉管理が必要となる。ただし、この場合でも、原子炉内からは放射線分解によって水素ガスが出続けるので、万が一にも水素ガス爆発を起こさない手立てが必要である。 

事態をこれ以上悪化させずに、当面の難局を乗り切り、長期的に危機を再発させないためには、原子力安全委員会、原子力安全・保安院、関係省庁に加えて、日本原子力研究開発機構、放射線医学総合研究所等、我が国がもつ専門的英知と経験を組織的、機動的に活用しつつ、総合的かつ戦略的な取組みが必須である。
私達は、国を挙げて福島原発事故に対処する強力な体制を緊急に構築することを強く政府に求めるものである。

石野 栞    東京大学名誉教授
柴田 徳思   学術会議連携会員、基礎医学委員会。総合工学委員会合同放射線の利用に伴う課題検討分科会委員長
住田 健二   元原子力安全委員会委員長代理、元日本原子力学会会長
田中 俊一   前原子力委員会委員長代理、元日本原子力学会会長
長瀧 重信   元放射線影響研究所理事長
永宮 正治   学術会議会員、日本物理学会会長
成合 英樹   元日本原子力学会会長、前原子力安全基盤機構理事長
広瀬 崇子   前原子力委員、学術会議会員
松浦祥次郎   元原子力安全委員長
松原 純子   元原子力安全委員委員長代理
諸葛 宗男   東京大学公共政策大学院特任教授
# by tikyuu_2006 | 2011-04-03 19:51 | エネルギー、環境 | Trackback
自然エネルギー100%は可能か (その1)
自然エネルギー100%は可能か (その1)石井吉徳2011年03月02日 12:45

石油ピークはもう来ています。
この石油減耗時代、石油代替エネルギーが必要であること、何人も容認しますが、それから見解は分かれます。

代表的なものを順不動で列記します。
天然ガス、石炭、原子力、太陽、風力、小水力、バイオマス、海洋温度差、波浪などと様々。大別すると、在来型、非在来型となるでしょう。また非在来型の代表が、自然エネルギー、新エネルギーという言葉も盛んに使われます。

そこで問題、どれが本命、望ましいのか、未来世代まで継続可能で、環境にもやさしいのか。議論百出、識者の見解はまちまち、収拾つかない、自画自賛、我田引水で、税金を投入するプロジェクトが、乱立することとなります。

本稿は、それを基本に戻って整理するものです。
焦点は自然エネルギー、それを逐次連載するつもり、今回は(その1)です。

先ず、エネルギー資源、新エネルギーの評価は何らかの基準が要ります。それにはEPR、エネルギー収支比が適しています。エネルギーの出力と入力の比ですが、1以下では意味が無い、文明を支えるにはEPRが大きくなければならない、出来れば10以上と。

「EPRはエネルギーの質」を評価するものです。
より一般に、「資源は質ば全て」ということです。これが日本で忘れられ勝ち、科学技術で、イノベーションでと楽観論が展開されます。しかし資源とは自然の恵み、その要が「質、濃縮されている」、ということです。

以上の基本から、本題の自然エネルギーを考えます。
太陽、風力などはエネルギー密度が低い、濃集されていない、それを集めるにはエネルギーが必要となります。

もう一つの問題、それらは間欠的であること、夜は太陽が照らない、曇りも駄目、風もいつも吹くとは限らない、自然エネルギー100%は原理的に無理なのです。とても、今の大量消費型の工業社会の維持は不可能です。そこで考えるべきこと、先ず、無駄、浪費しない、徹底した「低エネルギー社会」の構築です。

分散する自然エネルギーを、出来るだけ分散した状態で利用する、地産地消を工夫することです。間欠性には、エネルギーの蓄積が必要です。

このように考えてくると、例えば、サハラ砂漠の1%の面積で太陽発電すれば、ヨーロッパ全体のエネルギーが賄える、という「お話」などは科学合理性を欠く、とわかって来ます。これは「当たり前」、自分ですこし考えればわかることなのです。

以上、その1)の終わり。
# by tikyuu_2006 | 2011-03-06 15:33 | エネルギー、環境 | Trackback
明けまして、おめでとう御座います
明けまして、おめでとう御座います

「もったいない」の心から、メール年賀で失礼します。今年もどうぞ宜しくお願いします。

2011年、激動の年が明けました。とかく自信喪失といわれる日本ですが、私は今は石油文明の衰退期、日本国民はむしろ先端を歩いている、そのための呻吟、模索と思っています。

その理念として、私は「日本のプランB」を提唱しております。自然と共存、地方分散、地産地消がその骨子、ご参考まで。

平成23年元旦、逗子にて 石井吉徳
NPO法人「もったいない学会」、正式には「石油ピークを啓蒙し脱浪費社会をめざすもったいない学会」

逗子海岸から江ノ島、富士山を望む

東京からJRで1時間余、今も残る「逗子大池公園」の自然
# by tikyuu_2006 | 2011-01-03 19:18 | 新文明の構想 | Trackback
欧州の「低成長」理論と「日本のプランB」
欧州で「Degrowth 低成長」理論が検討されはじめた、物質的豊かさを追求する経済に限界が来ているからである。

「地球は有限」がようやく現実のことと認識され始めたのであろう。あのIEA、国際エネルギー機関ですら「2006年が石油ピークであった」と、本年(2010)認めたのである。石油減耗時代、人類はどう生きるかがヨーロッパで模索され始めた。 

日本では「もったいない学会」「日本のプランB」を以前から提唱している。
# by tikyuu_2006 | 2010-12-28 02:59 | 新文明の構想 | Trackback
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